兆し
今日は朝から、村の噂はいつもよりにぎやかだった。
「北の丘の向こうに、新しいダンジョンができたらしい」
「未成熟なのに浅いって話だぞ」
「ギルドも調査に動くらしい」
こういう話は、この村にとって日常のひとつだ。
だけど――
その噂が、誰か特定の人の顔とつながることは、あまりない。
最近までは。
(……ユートさん、今日も来るかな)
ふと思った自分に気づいて、
慌ててその考えを押し戻す。
だってユートさんは変な人だ。
突然あらわれて、
装備も古い布の服だけで、
でもスライム三匹を連れていて、
言葉はちゃんと通じて、
どこか抜けていて、
危なっかしくて――
(……でも、悪い人じゃないんだよね)
あの日、困っているときに助けてくれたから。
そして今日も、彼は店に来た。
「いらっしゃいま――あっ、ユートさん!」
自然と声が弾んだのが、我ながらちょっと恥ずかしい。
「今日は……客として来た」
そう言って、カウンターに銅貨を置いたとき。
胸が少しだけ、きゅっとなった。
(……本当に稼いできたんだ)
言葉にしなくても、
その努力は伝わる。
「お金、手に入ったんですね?」
「まあ、スライムのおかげでな」
彼の声は、昨日までよりほんの少し自信があった。
その変化が、なんだか嬉しくて。
(この人……ちょっとだけ、頼もしくなったのかな)
「スープとパンだけど……よろしいですか?」
「最高だよ」
本当においしそうに食べるから、
見ているこっちまで嬉しくなる。
(……努力して稼いだお金で食べるご飯。
そりゃあ美味しいに決まってるよね)
そう思うと、つい口が滑ってしまった。
「ユートさん……今日、すごくいい顔してます」
「そうか?」
「はい。なんだか……前より少し、頼もしいです。
ええと……“少しだけ”ですけど」
自分で言っておいて、
ちょっとだけ照れくさくなる。
ユートさんは、何か誤解したみたいに、
一瞬固まって、それから慌ててスープに集中した。
(……なんで固まるの? 変な人)
でも、それが彼らしくて。
(まあいいか。こういう人、嫌いじゃないし)
ただ――
“好き”とか“特別”とか、そこまではまだわからない。
私はただ、
いつも頑張ってる人を見ると応援したくなるだけだ。
(また来てくれるといいな)
そう思ったのは、
ユートさんが店を出て、
しばらくしてからだった。




