気になる人
お店の扉がきしむ音がして、
振り向くと――そこにユートさんが立っていた。
「あっ……ユートさん!」
声が自然に弾んでしまったのは、
自分でも気づいている。
昨日はあんなにボロボロだったのに、
もう歩いてここまで来てくれた。
(よかった……本当に、よかった)
「昨日は……すみませんでした」
「いや……俺が勝手に転がっただけだし」
そんな言い方するなんて、ほんとにずるい。
(転がったんじゃなくて、守ってくれたのに……)
胸がぎゅっとする。
「ユートさんって……そういうところ、素敵です」
言ってから気づいた。
(あっ……!)
「いえ! その……“好感が持てる”って意味で!」
変な意味だと勘違いされたら困る。
でも、伝えたい気持ちもある。
言いたいことが多すぎて、どれもまとまらない。
(……私、何言ってるんだろ)
困ったように笑うユートさんを見て、
自分だけが焦っているみたいで恥ずかしくなった。
ユートさんが席についた後、
近くの常連客たちの会話が聞こえてきた。
「北に新しいダンジョンができたらしい」
「未成熟のダンジョンだってよ」
「スライムしかいないらしいぜ」
耳がぴくりと動く。
(ダンジョン……?)
ダンジョンが自然に“生まれる”ことは珍しくないけれど、
この地域ではしばらく新規発生がなかったはずだ。
「おい、未成熟ダンジョンは危険だぞ。
成長する前に潰すか、
冒険者ギルドに通報するんだとよ」
「まぁ、すぐ誰か来るだろ」
その言葉に、
ユートさんが一瞬だけ、
ほんの少し肩を揺らした気がした。
(……ユートさん?)
声をかける前に、
彼はいつものように柔らかく笑って誤魔化した。
「なんでもないよ」
でも、なんでもないようには見えなかった。
(……何か、知ってる?
それとも、心当たりでもある?)
そう聞こうと思ったけど、
結局、言葉にはできなかった。
ユートさんは食事を終えると、
しばらく黙って窓の外を見ていた。
風の強い日で、
木造の看板がきぃきぃ鳴いていた。
その音が少し寂しく聞こえたのかもしれない。
「……俺さ」
急にユートさんがつぶやいた。
「いつかちゃんと……誰かを守れるようになりたいんだ」
(え……)
その言葉は、
真っ直ぐで、
優しくて、
どこか痛いほど切実だった。
たぶん、
ゴロツキに勝てなかったことが悔しかったんだと思う。
だけど――
(……その気持ちだけで十分じゃない?)
私はそう思った。
母さんがいつも言っている。
「強い人じゃなくていい。
曲がらない心の人を選べ」
ユートさんの言葉は、
その教えにどこか重なっていた。
「ユートさん」
「ん?」
「その気持ち、すごく……素敵です」
勇気を出して言うと、
ユートさんは驚いたように目を丸くし、
すぐに目をそらした。
(あ、照れた……?)
その仕草がなんだか嬉しくて、
胸の奥がほんのり暖かくなった。
ユートさんが店を出ていく背中を見送ったあと、
私はしばらく扉の前で立ち尽くしていた。
(ダンジョン……未成熟……
スライムしかいない……)
噂は気になるけれど、
もっと気になるのは――
(ユートさんの顔が、あんな顔だったの、初めて見た)
不安そうで、
でも何か決意したようでもあって。
あの表情が脳裏にこびりついて離れない。
「ミリア、どうした?」
父さんが声をかけてくる。
「……ううん。なんでもないよ」
笑顔で返したけれど、
胸のざわざわは消えなかった。
夜の片付けをしながらふと気づく。
(……心配、してるんだ)
ユートさんのことを。
別に好きとかじゃない。
恋なんて、そんな大げさなものじゃない。
ただ――
(あの人、なんか……ほっとけない)
それだけだ。
でもその“ほっとけない”が、
胸の中で少しずつ大きくなるのを、
私ははっきりと感じていた。




