2-19: 余白に立つ者たち
空も地もなく、
上下すら曖昧な白い空間。
黒いパーカーの男は、宙に浮いた盤面を指で弾いた。
「なあ。 やっぱりさ、あれは想定より早く動きすぎじゃない?」
軽い調子。 だが視線は、盤面の一点に固定されている。
白いパンツの男は腕を組み、静かに答えた。
「早いかどうかは問題じゃない。 “動いてしまった”ことが事実だ」
「はいはい。 でもさあ、あっちは“外”の理屈を持ち込んでるだろ?」
黒パーカーは肩をすくめる。
「順序を飛ばして、結果だけを掴みに行く。 世界にとっては、かなり刺激が強い」
白パンツは盤面を一瞥し、淡々と言った。
「だから、流れが歪んだ」
「歪んだ、ねえ……」
黒パーカーは盤面の駒を軽く弾く。
「世界が“考える前”に答えを見てしまった。 そりゃ、成長は止まる」
白パンツは、ゆっくりと首を横に振った。
「止まるかどうかは、人間次第だ。 だが――」
言葉を切り、続ける。
「均衡は、明らかに傾いた」
その時だった。
二人の間に、音もなく“彼女”が立っていた。
白を基調とした和服。
銀白の髪。
裸足の足先が、床のない空間に触れている。
まるで最初からそこにいたかのように、
二人は驚かない。
白い和服の少女は、盤面を一度だけ見下ろし、静かに言った。
「……はい。傾いています」
その一言で、空気が変わる。
黒パーカーは、少しだけ口角を上げた。
「で、その“調整役”が、あの異物ってわけ?」
少女は、否定も肯定もしなかった。
「私は、用意はしていません」
白パンツが視線を向ける。
「では?」
「導いただけです」
少女の声は、淡々としている。
「均衡が崩れた世界に、 “外”の視点を一度、通しただけ」
黒パーカーは、目を細めた。
「……ずいぶん危ない橋を渡るな」
「危険なのは承知しています」
少女は、盤面から目を離さない。
「けれど―― 現地の可能性が、完全に潰れる前に、 “違う問い”を落とす必要がありました」
白パンツが静かに言う。
「答えではなく、問いを」
「はい」
少女は、ゆっくりと頷いた。
「力を与えるためではありません。 考え方を、揺らすためです」
黒パーカーが鼻で笑う。
「でもさ、それ―― “外”に頼る流れも生むだろ?」
「生みます」
即答だった。
「だから、長くは置きません」
白パンツが、低く言う。
「……戻すのか」
「はい」
少女は、静かに続ける。
「力が過ぎる存在は、 世界が学ぶ前に答えを出してしまう」
黒パーカーは、少しだけ真面目な顔になった。
「じゃあ、残るのは?」
少女は、盤面の上を指でなぞる。
「歪みと、 それをどう扱うか選ばされる人間たちです」
「厳しいな」
「当然です」
少女は、二人を交互に見た。
「選ばなければ、 人は“人”でいられませんから」
沈黙。
白パンツが、初めて問いを投げる。
「君は、どちらに賭ける?」
少女は、首を横に振った。
「賭けません」
「止める?」
「止めません」
「加速させる?」
「しません」
彼女は、どこでもない遠くを見る。
「私はただ、 “人が人である理由”を見届けるだけ」
黒パーカーが、ぽつりと言った。
「……もし、どっちも壊れそうになったら?」
少女は、間を置かずに答える。
「余白を作ります」
「余白?」
「選び直せるだけの、時間と場所を」
白パンツは、静かに息を吐いた。
「それが、君の役目か」
少女は、頷いた。
「はい。 だから私は、どちらの味方でもありません」
盤面の駒が、また一つ動く。
まだ、勝敗はない。
だが――選択は、始まっている。
白い和服の少女は、最後に一言だけ残した。
「……結果は、いつも “選ばなかったもの”の方が重いのです」
次の瞬間、彼女の姿は消えていた。
残された二人は、盤面を見つめる。
黒パーカーが、静かに呟く。
「……なるほど。 “呼ばれた”わけじゃない」
白パンツが、低く答える。
「“導かれた”のだろう」
盤面の上で、世界はまだ揺れている。
だが――
答えを決めるのは、神ではない。
選ぶのは、
いつだって、人間だった。
ここまで、ダンジョンチーターを読んでいただきまして、ありがとうございます。
ここで第2部終了です。
ユートと、ノックスの話は最弱最速の魔術師で登場するかもしれません。
最弱に戻った魔術師もまた、応援していただけるとありがたいです。




