2-17: 登録と、静かな同行
翌朝。
ユートは、まだ街が完全に目覚めきらない時間に宿を出た。
(今日は……約束の日だ)
胸の奥に、じんわりとした緊張がある。
ギルド本部。ガイルとの約束。
ここまで来たのだから、後戻りはできない。
結果は、思っていたよりもあっさりしていた。
「身元保証、引き受けると言っただろ」
ガイルの一言で、話は進む。
書類の確認。刻印。簡単な質問。
「――冒険者登録、完了だ」
手渡された冒険者証は、想像していたよりも軽かった。
だが、その重みは胸の内にずしりと残る。
(……俺、冒険者になったんだ)
それは称号でも、力の証明でもない。
ただ――世界に立つための、最低限の資格。
ギルドを出たあと、ユートはそのまま馬車乗り場へ向かった。
掲示板。
王都行きの料金。
「……高っ」
思わず声が漏れる。
(登録できたのはいいけど……行けないんじゃ意味ないだろ)
手元の小銭を数え、すぐに現実に引き戻される。
足りない。どう考えても。
一度、踵を返す。
依頼を探すしかない――そう思った、そのときだった。
「……あら?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、昨日の女性が立っていた。
「ルミナさん……!」
「その顔。うまくいったみたいね」
ユートは冒険者証を差し出す。
「登録、できました。
昨日は……本当にありがとうございました」
ルミナは証を一瞥し、柔らかく笑った。
「それは良かった」
それだけで、十分だった。
昨日の夜、あの時間が無駄じゃなかったと、はっきり分かる。
少しの沈黙のあと、ルミナは自然な調子で言った。
「ねえ。今日、予定は?」
「……正直に言うと、ないです」
「じゃあ」
彼女は歩き出しながら、振り返る。
「学院まで一緒に行かない?」
「……学院?」
「ええ。
指名依頼、という形で」
ユートは思わず瞬きをした。
「話し相手兼、簡単な護衛。
報酬は――馬車代込みで」
一瞬、言葉が出ない。
(……助け舟、来すぎじゃない?)
だが、考えるまでもなかった。
「……お願いします」
ルミナは小さく頷いた。
「決まりね」
そうして、二人は並んで街を歩き出した。
学院までは半日ほど。
馬車と徒歩を織り交ぜた、短くも長い道のり。
「冒険者になったばかりなのに、落ち着いてるのね」
「そうですか?」
「ええ。
浮かれてないし、怯えてもいない」
ユートは少し考えてから答えた。
「……浮かれていいほど、余裕がなくて」
「正直ね」
それからは、取り留めのない話が続いた。
学院の話。街の話。
ユートは多くを語らず、ルミナも深く踏み込まない。
それでも、不思議と沈黙は重くならなかった。
「どうして学院に?」
しばらくして、ルミナが尋ねる。
「……約束です」
「誰との?」
「少年です。
ラース、って呼んでました」
その名前に、ルミナは一瞬だけ首を傾げた。
だが、それ以上は何も言わない。
「約束って、重たい言葉ね」
「はい。でも……置いていけない約束です」
ルミナはそれを否定しなかった。
昼を過ぎ、街の喧騒が少しずつ遠のいていく。
馬車の揺れ。風の音。
一日を共有している、という実感が静かに積み重なる。
「……ねえ、ユート」
「はい?」
「無理はしないで」
不意に、そんな言葉が落ちた。
「冒険者になったからって、
全部一人で背負う必要はないわ」
ユートは、少しだけ視線を逸らす。
「……覚えておきます」
学院の外壁が見え始めた頃、
ユートは胸の奥に、小さな確信を感じていた。
(……ここまで来れたのは、俺一人じゃない)
登録。同行。指名依頼。
すべてが、偶然に見えて――
確かに、次の場所へ続く道だった。
「着いたわ」
ルミナの声で、現実に戻る。
「ありがとうございます。今日一日」
「こちらこそ。
いい護衛だったわ」
その言葉は、形式だけのものじゃなかった。
こうして――
ユートの二日目は終わる。
静かに、しかし確かに。




