2-16: アステッドの夕暮れ
夕暮れを過ぎたアステッドの街は、思っていた以上に冷たかった。
人通りは多い。
灯りもある。
だが――居場所は、ない。
ユートは通りを行ったり来たりしながら、同じ言葉を繰り返していた。
「……宿、ありませんか」 「一晩だけでいいんです」 「お金は……今、なくて……」 「護衛でも、雑用でも、なんでもします」
返ってくるのは、決まって同じ反応だ。
「金がないなら無理だ」 「明日なら空くが、今日は満室だ」 「仕事? 登録証は?」
最後の言葉を聞くたび、胸の奥が少しだけ重くなる。
(……詰んでるな、これ)
乗合馬車はもう出てしまった。
王都へ向かう便は、思った以上に高い。
宿代も、食費も、もう余裕はない。
(約束を果たしに来たはずなのに……)
歩き疲れ、石畳の端に腰を下ろした、その時だった。
「……ねえ」
柔らかい声が、上から降ってくる。
顔を上げると、そこにいたのは一人の女性だった。
年の頃は二十代前半。
派手ではないが、整った顔立ち。
庶民の服装なのに、立ち姿だけが妙に落ち着いている。
「さっきから見てたんだけど」 「ずっと宿を探してる?」
ユートは一瞬だけ警戒し、それから正直に頷いた。
「……はい。今日泊まる場所がなくて」
「ふうん」
女性――ルミナ・ウッドは、じっとユートを見つめた。
同情でも、好奇心でもない。
もっと静かな、“観察”の目。
「変な目だね」
「……え?」
「必死だけど、卑屈じゃない」 「助けを求めてるのに、諦めてない目」
ユートは苦笑した。
「よく言われます」
「嘘」
「……初めて言われました」
ルミナは小さく笑った。
「ねえ。ひとつ提案していい?」
「はい?」
「今日一日、私の護衛をして」 「その代わり、宿代は私が払う」
一瞬、言葉を失った。
「……護衛、ですか?」
「名目だけね」 「危ない用事はないし、戦わせる気もない」
彼女は軽く肩をすくめる。
「要するに――話し相手」
ユートは、少し考えたあと、深く頭を下げた。
「……お願いします」
「即答だね」
「選択肢がないので」
「正直でいい」
ルミナは歩き出し、並ぶように促した。
話し相手という名の護衛
街を歩きながら、ルミナはぽつりと聞いた。
「どうしてアステッドに?」
「……約束を果たしに」
「誰との?」
「少年です」
「少年?」
「はい。名前は……ラース、って呼んでました」
ルミナは、ほんの一瞬だけ首を傾げたが、何も言わなかった。
「君、冒険者?」
「いえ。なりたい、とは思ってます」
「登録してない?」
「……できなかったです」
「理由は?」
少しの沈黙。
ユートは、隠さず答えた。
「身元保証人がいなくて」
「なるほど」
ルミナは、それ以上追及しなかった。
「じゃあ、テイマーって噂は?」
ユートは驚いて目を瞬かせる。
「……どうして?」
「勘」
「……はい。テイマーです」
正直に言った。
「嘘つく意味もないので」
ルミナは、感心したように息を吐いた。
「珍しいね。庶民で、保証人なしで、テイマー」 「しかもその割に……変に落ち着いてる」
「よく言われます」
「さっきは初めてって言ってたけど?」
「今日だけで二回目です」
ルミナはくすっと笑った。
しばらく歩いたあと、ユートはぽつりと零した。
「……実は」
「うん?」
「明日、行きたい場所があって」
「ほう?」
「アストラム魔導学院です」
ルミナの足が、ほんの一瞬だけ止まった。
「学院?」
「はい。でも……知り合いもいなくて」 「今日も困ってるのに、明日も困ってます」
自嘲気味に笑う。
「ふんだり蹴ったりですね」
ルミナは、じっとユートを見た。
「……よく、知らない人にそこまで話すね」
「聞き上手なので」
「褒めてる?」
「命綱です」
少し間があって、ルミナは静かに言った。
「……面白い人」
その言葉の意味を、ユートはまだ知らない。
だがこの夜の出会いが、
王都へ続く運命の糸のひとつになる




