2-13: 信念が、剣より先に立つ時
街道は森を抜け、なだらかな丘陵地帯に差しかかっていた。
馬車の揺れにも慣れ、会話も自然に交わされるようになった頃――
不意に、御者が手綱を引いた。
「……止まれ」
馬が鼻を鳴らし、馬車が止まる。
前方の街道脇。
低い茂みの向こうから、子供の泣き声が聞こえた。
「……助けて……」
か細く、風に消えそうな声。
ドランが即座に立ち上がる。
「ガイル、行くぞ」
「待て」
ガイルは周囲を見回した。
地形は悪くない。
だが――魔物の気配がある。
「……ゴブリンだ。少数だが、近い」
リナも頷く。
「……三体。森側。子供を囲ってる」
状況は、はっきりしていた。
助けに行くなら戦闘になる。
その瞬間――
ユートは、誰よりも早く馬車を飛び降りていた。
「……っ!」
ガイルが目を見開く。
「おい、待て!」
だがユートは止まらない。
剣を抜かない。
構えない。
ただ、走る。
(考えるな――!)
(あそこにいるのは、子供だ!)
森の縁。
震えながら座り込む、小さな少女。
その前に、棍棒を持ったゴブリンが一体。
「――やめろ!!」
ユートの叫びに、ゴブリンが振り向く。
その一瞬――
サスケが木陰から飛び出した。
「主! 横でござる!」
ユートは反射的に身を投げ出す。
棍棒が空を切る。
だが――
ユートは反撃しない。
剣を振らない。
ゴブリンに向かわない。
少女の前に、立ち塞がった。
「大丈夫だ!!
――今、連れてく!!」
震える小さな手を、迷いなく掴む。
その瞬間――
背後から、別のゴブリンが跳びかかった。
間に合わない。
そう思った瞬間。
――ゴンッ!!
ドランの盾が、ゴブリンを吹き飛ばした。
「……馬鹿野郎が」
低い声。
ガイルが剣を抜き、残りの個体を一瞬で制圧する。
戦闘は、数秒で終わった。
静寂
ユートは、少女を抱えたまま、地面に膝をついていた。
「……怖かったな。
もう大丈夫だ」
少女は泣きながら、ユートの服を掴んでいる。
ガイルは、その背中を見ていた。
無謀だった。
判断としては、最悪に近い。
だが――
(……剣を抜かなかった)
(勝てるかどうかじゃない)
(“助ける”ことを、最初から選んでいた)
リナが、小さく息を吐く。
「……あの距離で、躊躇しなかった」
ドランが腕を組む。
「自分がやられる可能性、分かってただろうにな」
ユートは、振り返らなかった。
ただ、少女の背中を、何度も撫でる。
「……遅くなってごめんな」
その声は、震えていた。
恐怖ではない。
間に合った安堵だった。
馬車に戻る道すがら。
ガイルは、ユートの背中を見つめながら、心の中で呟く。
(戦えないことを、言い訳にしない)
(守れない理由を、並べない)
(それでも、前に出る)
冒険者としては、未熟。
判断も甘い。
だが――
(……こいつは)
(“逃げない男”だ)
その評価だけが、
静かに、確かに、心に刻まれた。
まだ、口には出さない。
だが――
この四日の旅で、確かに何かが変わった。
アステッドは、もうすぐだ。




