胸騒ぎの朝
朝の宿屋兼酒場は、いつもより静かだった。
開店準備をしながら、ミリアはふと壁に掛かった小さな窓から外を見た。
(今日……なんだか、みんな朝から慌ただしいなぁ)
いつもこの時間は、
近所の農民さんたちや行商人がのんびり軽食を食べに来る。
けれど今日は、人の流れが妙に速い。
足音や声がどこか張りつめている。
「ミリア、準備は進んでるかー?」
主人が声をかける。
「はい! もうすぐ終わります!」
返事は元気だが、心はやや浮ついていた。
(なんだろ……この“ざわざわ”した感じ……)
朝の外を眺める癖は、いつの間にかついたものだ。
(ユートさん……今日は来ないのかな)
昨日、
恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに食事をしてくれた、
あの不思議なテイマーの青年。
彼が森へ向かう姿を見かけることはよくある。
だが今日は――見えなかった。
(……もしかして、また森の中?
あの人、ほんとにどこに住んでるんだろ……)
心がほんの少しだけ痛いような、むず痒いような、
言葉にしづらい違和感が胸の奥に残った。
昼前――
正式調査隊の装備をした冒険者たちが十数名、
予約していた食事を受け取りに来た。
「すぐ出発らしいぞ」
「例のダンジョンだろ?」
「また成長したって話だ」
「危険な兆候って噂だぜ」
その言葉が耳に引っかかった。
(例の……ダンジョン?)
ミリアは思わず男性たちの声に聞き入ってしまう。
「俺たちじゃ太刀打ちできないさ。
正式調査隊に任せるしかねぇ」
「なんでも、森でヘンな気配がしたってよ」
(森……)
胸がきゅっと縮む。
(もしかして……ユートさんも、あっちに……?)
その少し後。
「ミリアちゃん、パン二つとスープお願い」
「エマさん、おはようございます!」
エマの表情はどこか固い。
「……朝から、物騒な話ばっかりね」
「やっぱりダンジョンのことでしょうか?」
エマは小さく頷く。
「ええ。正式調査隊の人たち……
今日、……けっこう本気よ」
その言葉に、ミリアの胸がまたざわついた。
(本気……ってことは……
それだけ危険ってこと?)
思わず尋ねる。
「……エマさん。
あの……ユートさんのこと、見ませんでした?」
エマは少し驚き、それから眉を寄せた。
「今日は見てないわ。
……まさか、森に行ってないといいけど」
二人の視線が自然と窓の向こうに向いた。
言葉にしなくても――
同じ不安を抱いている ことを、お互い察していた。
昼を過ぎた頃。
ドォォォォォン――……
低い震動が足元をじわりと揺らした。
「え……?」
皿を並べていたミリアは、思わず手を止めた。
周囲の客たちもざわめき始める。
「今の……地震か?」
「ダンジョンか?」
「おい、まさか“暴走”じゃ……」
ミリアの心臓が跳ねる。
(……やだ……
なんで……こんなに怖いの……?)
震動はすぐに止んだ。
だけど、胸のざわざわは収まらない。
(ユートさん……
どうか……どうか無事でいて)
祈るように、胸に手を当てた。
仕事に戻ろうとしたとき、
ミリアはふと気づいた。
(なんで……こんなに心配なのかな)
ユートは確かにおかしな人で、
挙動不審で、
危なっかしくて、
どこに住んでるのかも分からない。
だけど。
(放っておけない……
そんな感じがしちゃうんだよね)
胸の奥がチクリと痛むようで――
でも少し、あたたかい。
(……ほんと、不思議な人)
ミリアは小さく息を吐いた。




