1-9: 足を踏み入れた者たちーー静かに、目覚める巨影
朝の冒険者ギルドは、いつもより騒がしかった。
受付嬢のエマが資料を抱え、早歩きでホールを駆け回っている。
「北の丘のダンジョン……昨夜また形が変化したわ。
上位パーティーの準備はどうなってます?」
「ガイルさんの班が動けるとのことです。
ギルドマスターも“正式調査隊”を派遣する判断を下しました」
「……そう。これは本格的に調べる必要があるわね」
待合の冒険者たちもざわついていた。
「未成熟ダンジョンってのは、こんなに動くもんなのか?」
「階層自体は浅いらしいが……形が変わってるって噂だ」
「妙だな……」
彼らは知らない。
そのダンジョンが“誰かの手で作られた”などとは夢にも思っていなかった。
昼のローデ亭は穏やかな雰囲気だったが、ミリアはどこか落ち着かない。
(……ユートさん、今日もダンジョンに向かうのかな)
頼りない服装で、スライム三匹だけを連れて歩く姿が浮かぶ。
(本当に……気をつけてくれているのかな
危なくないのかな……)
カウンターを拭く手が、ふと止まった。
(どうしてこんなに気にしてるんだろ……
でも、放っておけない人なんだよね)
「ミリア、料理お願い!」
「あ、は、はい! すぐに!」
ミリアは慌てて動き、胸のざわつきを誤魔化した。
ダンジョン内。
ユートはスライム三匹と一緒に《Dungeon Creator》のログを確認していた。
「……正式調査隊?」
《ギルド:本日、正式調査隊が派遣されます》
「ちょ、ちょっと待て!
これ、昨日の人たちより強いってことじゃん!!」
ぷに →(やばい?)
ころ →(つよいひと?)
もち →(ねむ……)
「寝るなーー! 今は大変なんだぞ!!」
とにかくユートは焦っていた。
村を危険に晒したくないという一心だった。
(正式調査隊って……絶対強いやつだよな
昨日の冒険者だけでもヒヤヒヤしたのに……)
「スライムたち、今日から本気出すぞ!」
ぷに →(がんばる)
ころ →(やるー)
もち →(ぷにゃ……)
「もち……気合入れてくれ……!」
(俺のせいで村に危険が及ぶなんて絶対に嫌だ
ミリアにも……絶対に迷惑かけられない!)
ユートは最深部に向かい、アプリを起動した。
「冒険者が“帰りたくなる理由”が必要なんだよな……
本物みたいなボス部屋……!」
(ただし、誰も怪我しないように……!
俺のダンジョンは絶対に安全第一!!)
彼は壁を押し、天井を調整し、中央スペースを広げていく。
ぷに →(ここ?)
ころ →(ひろい〜)
もち →(すべすべ〜)
「手伝ってくれてるのか……? ありがとう……!」
部屋のデザインを整えたあと、ユートはモンスター一覧を開いた。
「なにか……最後の壁になりそうなやつ……」
スクロールしていくと、
見慣れないアイコンが視界に入った。
《Golem(魔力核式)》
「……ゴーレム?」
【魔力を固めた防衛兵】
【感情なし・言語なし】
【侵入者対処特化】
(これなら……生き物っぽくもないし……
罪悪感も……少ない……!)
「よ、よし……これを使おう……!」
ぷに →(こわそう)
ころ →(でかい?)
もち →(……ねむ)
「寝るなーー!!」
しかし、その“眠たげな雰囲気”に救われるように、
ユートの緊張も少し解けた。
「さて、行くぞ!」
「気を抜くなよ!」
装備を整えた調査隊がギルド前を出発する。
その途中、森へ向かうユートが目に入った。
「……初心者テイマーか」
「危なっかしいな。あんな装備でよく生きてる」
「巻き込まれなければいいが」
彼らはユートを特に意識することなく通り過ぎる。
(あの人たちが来る……!
ちゃんとダンジョンを安全にしとかないと……!)
ユートはスライムたちを抱きかかえるようにして歩いた。
最深部。
まだ空っぽの中央スペースを見つめながら、ユートは深呼吸した。
「よし……
絶対に、“誰も死なないダンジョン”にしてみせる」
(ミリアにも、村のみんなにも……
俺が迷惑をかけるわけにはいかない)
スライム三匹が寄り添う。
ぷに →(ゆーと)
ころ →(まもる)
もち →(ぷにゃ……)
「……ありがとう。
明日、正式調査隊が来ても……大丈夫なようにしよう」
覚悟の光が、ユートの瞳に宿っていた。




