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空渡りの手紙  作者: 白瀬 柊


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第6話 未来への歩み

排熱路の奥にある秘密の部屋から飛び出したカイルの背後で、魔導炉管理局の主任調査員が怒声を発していた。

「待て、カイル! 貴様の行動は都市全体を破滅させるぞ!」

しかし、カイルには立ち止まる時間も、振り返る猶予もなかった。

ドォォォォン!

地下から再び、岩盤を揺るがすような巨大な轟音が響き渡った。この振動は、もはや排熱路だけの異常ではない。都市の浮遊盤全体に波及し、リリカント都市の上層区画でも、警報のサイレンと民衆のパニックの声が微かに聞こえてくる。

カイルの全身に、魔導炉の中心から放たれる暴走した魔力の熱波が襲いかかった。熱波は、彼の真紅のマントの魔力結界を通り抜け、皮膚を焼くようだった。

「リリバード!」

カイルの肩にいた虹色の精霊は、羽根を激しく震わせ、危険を警告する甲高い鳴き声を上げた。精霊の導きは、感情の誘導ではなく、純粋な魔力の方向性を示している。

カイルの心は二つに引き裂かれていた。一つは、目の前の管理局の追跡をどう振り切り、秘密を守るかという盟約の使命。もう一つは、都市の揺れがこれ以上拡大する前に、一刻も早く中心部に到達しなければという街の安全への責任感。

「師匠……あなたは、僕に**『沈黙』を命じた。この街の騒乱を鎮めるためには、感情に流されず、あの『初代盟約の心臓』**を止めなければならない!」

カイルは、管理局の追跡を巧みに振り切るため、排熱路の支流へと舵を切り、魔導炉の中心部へ向かう最短ルートを計算した。彼の頬を伝う汗は、熱と緊迫感、そして選択の重さで冷たかった。


魔導炉の中心部へ続くルートは、過去の魔導師たちが複雑に張り巡らせた、無数のパイプと制御室が連なる迷路だった。魔力は不規則に渦を巻き、通路の金属部品は高温に熱せられ、触れるだけで皮膚が焼け焦げそうだ。

カイルは、過去の盟約保持者が残したであろう、古い警告の記録や魔力の残留思念を感じながら進んだ。


「魔導炉に感情を持ち込むな。一滴の憎悪も、一寸の喜びも、制御盤を狂わせ、都市を地へ落とす」


カイルは、常に自身の魔力回路を意識し、感情の波を理性で押し殺した。熱や焦燥、追跡への苛立ち。全てを「無」にし、ただ「沈黙」へと進むことだけを選択する。

「ここで感情に流されたら、僕が今までに下した全ての選択が無意味になる」

彼は、五話で手に入れた鍵を使い、行く手を塞ぐいくつかの制御室の封印を解除していった。この鍵は、魔導炉の緊急時のアクセスコードとして機能している。

リリバードは、中心部に近づくにつれて強くなる暴走魔力の乱流を事前に感知し、カイルに避けるべきパイプや進むべき安全な通路を瞬時に示し続けた。

ある制御室では、魔導炉の緊急遮断システムが発動し、通路全体が強力な魔力フィールドで封鎖されていた。解除するには、複雑な魔力のバランス調整が必要だ。

カイルは、鍵を制御盤に差し込み、自分の**「魔力吸収と遮断」**の魔法を応用した。自分の感情の魔力を制御するのと同じように、暴走した魔力を受け止め、それを中和させる無色の魔力を放出し、正確なバランスを作り出す。

その冷静な判断と、感情を排した**「無の制御」**により、魔力フィールドは消滅し、中心部への最後の扉が開かれた。


カイルが最後の扉をくぐり抜けると、そこはリリカント都市の心臓部、巨大な魔導炉コアを収容する巨大なドーム状の空間だった。

中心には、都市の浮遊盤を支える壮大な魔法陣が光を放っているが、その光は不安定に揺らめき、まるで心臓発作を起こしているかのようだ。そして、巨大な炉心からは、赤熱した魔力の光と熱が噴き出し、空間全体を焼き尽くさんとしていた。

その中心部で、カイルは追跡者と対峙することになった。

「追いつめたぞ、カイル!」

主任調査員が、数名の管理局精鋭と共にカイルを取り囲んだ。彼らの手には、魔力を拘束するための専用の封印具が握られている。

「カイル、もうやめろ! お前が何者であろうと、今、この都市に必要なのは秩序だ! その鍵を渡せば、我々が炉心を停止させ、危機を乗り切る!」

「停止させる? 違います!」カイルは怒りを抑え、冷静に言い放った。「師匠が求めたのは**『沈黙』だ! 停止させれば、浮遊盤は一時的に落ち着くかもしれないが、コアの暴走の原因**は取り除かれない!」

カイルは、調査員たちを説得する時間がないことを悟った。彼の体内の魔力回路は、この炉心の熱で異常なほど活性化している。少しでも感情に傾けば、彼の魔力が暴発し、事態をさらに悪化させるだろう。

ここでカイルの**「選択力」**が試された。

カイルは、管理局精鋭たちが発動した拘束魔法に対し、感情を込めた抵抗ではなく、「盟約の道を進む」という純粋な意思だけを魔力に乗せた。

彼の真紅のマントから放たれたのは、熱や風ではない、純粋な「隔離」の魔力だった。それは、管理局の拘束魔法と、カイル自身の間に、一線を引く壁を生み出した。

「退け! 僕の目的は、君たちではない! 街を救うことだ!」

カイルは、その冷静な判断力で追跡をかわし、暴走する炉心の中心、**「初代盟約の心臓」**が組み込まれている場所へと、滑空で飛び込んだ。


炉心の中心部、熱と光が最も激しく噴き出す場所に、盟約の鍵を差し込むための石の台座があった。台座の周囲は、過去の盟約保持者たちの犠牲によって、微かに安定した魔力の膜で覆われている。

カイルは、台座に盟約の鍵を強く差し込んだ。

キィィィィィン!

鍵が炉心の最奥部に触れた瞬間、巨大な轟音が鳴り響き、鍵から無色の魔力が大量に放出された。この無色の魔力は、炉心の核で暴走している過剰な感情魔力を、まるで水の如く吸収していく。

「沈黙しろ!」

カイルは、鍵を通して、感情を排した**「無の契約者」としての「沈黙」の意思**を炉心に送り込んだ。

その瞬間、炉心の炎のような赤い光が、急速に静かな青白い光へと変わっていった。

ドォォン……!

炉心から発せられていた轟音は、低い唸り声へと変わり、最終的に、微かな「振動」を残して沈黙した。

都市の浮遊盤を支える魔法陣の揺らめきが止まり、安定した青白い光を放ち始めた。

盟約は、完全に発動した。

カイルは全身から魔力が抜け落ちるのを感じた。しかし、浮遊盤の安定は確認できた。彼の**「沈黙の選択」**は成功したのだ。

だが、炉心の中心部では、鍵が暴走魔力を急激に吸収したことで、構造的な崩壊が始まっていた。周囲の金属が歪み、天井の岩盤に巨大な亀裂が入る。


カイルは、沈黙した炉心の前で、鍵を握りしめたまま膝をついた。成功の安堵と、極度の疲労が彼を襲う。

その時、沈黙した「盟約の心臓」から、新たな幻影がカイルに語りかけた。

「よくぞ成し遂げた、『無の契約者』。しかし、これは一時的な**『延命』**に過ぎない」

幻影は、より大きな都市全体を覆う巨大な魔法陣を指し示した。

「初代盟約の心臓を暴走させた真の**『敵』**は、未だこの都市のどこかに潜んでいる。奴は、盟約の均衡を再び破り、都市全体を根源から落とすだろう」

カイルは、自分の使命がまだ終わっていないことを理解した。この沈黙は、次の戦いのための準備期間を与えたに過ぎないのだ。

背後から、追跡を諦めた主任調査員の悲痛な声が聞こえてきた。

「沈黙した……炉心が安定したぞ……!」

カイルは、自分を信じ、この盟約の道を選んだ責任を再確認した。

彼は立ち上がり、崩壊が始まった中心部を後にした。彼のポケットには、盟約の真実を示す鍵が冷たく収まっている。彼の視線の先には、師匠が託した**「盟約の真の敵」**がいる。


カイルは、管理局の追跡を振り切り、魔導炉塔の排熱路を離れた。彼が去った直後、炉心中心部の崩壊はさらに激しくなったが、都市の浮遊盤は、彼がもたらした**「沈黙」**により、静かに、安定した状態を保っていた。

彼の目の前の夜空は、まだ暗い。しかし、彼が進むべき道筋は、はっきりと見えている。

カイルは、真紅のマントを翻し、リリカント都市の夜風に乗った。

――カイルの歩みは、街の心臓と盟約の謎を繋ぎ、静かに、しかし確実に、新たな未来への道を切り拓いた。

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