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空渡りの手紙  作者: 白瀬 柊


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第3話 虹色の導き

深い青色の夜の帳が、ようやく金色の朝焼けにその座を譲りつつあった。カイルは、古い石造りの自宅のバルコニーで、新鮮な朝の魔力を胸いっぱいに吸い込んだ。


「ふう……」


昨日の出来事は、カイルの胸に重い謎の石となって残っていた。師匠のノートに記された「第五の盟約」の暗号、そして、その謎を具現化する虹色の精霊リリバード。彼の仕事は、単なる手紙の仲介ではない。師匠が目指していた、街の根幹に関わる秘密に触れ始めている。


カイルは真紅のマントを羽織り、気流を確かめた。今日は、大気の魔力が安定している。完璧な『滑空の日』だ。


彼は愛用の鞄を背負い直した。その瞬間、ふわりと小さな羽音が聞こえた。


向かいの建物の尖った屋根の上で、虹色の羽根を持つリリバードが、静かにカイルを見つめていた。昨日は、カイルを追い立て、執拗に催促の光を放っていた「影」が、今日はただ静かに見守るだけだ。その態度の変化に、カイルはただならぬ予感を感じた。


「待っているのか、影の君。君の導きは、僕が持つ**『感情の魔法』の道**とは別にある、ということか」


カイルは、いつものように今日届ける手紙を鞄に入れ始めた。カイルの知る「風の盟約」の魔法は、込められた感情の強さによって、手紙の振る舞いを変える。感情が強ければ「しゃべる手紙」となり、魔力が極端に薄ければ、ただの紙切れ。カイルは、それら全てを区別し、魔力の有無で配達のルートや方法を変える必要がある。


「今日も、どんな物語を届け、どんな真実が隠されているんだろうな」


そうして、カイルの「普通の一日」が始まった。


最初の配達は、上層区画に住む、詩人の老人宅。カイルは滑空で屋根を飛び越え、老人のバルコニーに降り立った。


「やあ、郵便屋の若者! 待っていたよ!」


老詩人は、朝日を浴びながらカイルを迎え、新作詩の手紙を受け取ると、誇らしげに胸に抱いた。


「これは私の魂を込めた詩だ。君の魔法で、遥か過去の私に、『希望』という名の魔法をかけるのだと、私に錯覚させてくれ!」


カイルは苦笑した。師匠は「感情の連鎖を尊重せよ」と言った。この詩人の場合、届け先は本人の内面にある「感情」そのものなのだろう。カイルは深くは追求せず、次の配達へとマントを広げた。


建物の間を縫い、石畳の上を滑るように進む。その時、微かな羽音がカイルの右肩に近づいてきた。


虹色のリリバードだ。それは、カイルの滑空についてきながら、右肩にひらりと降り立った。そして、その虹色の嘴で、背中の鞄の中の特定の手紙の入っている場所を、何度もトントンと叩いた。


カイルは滑空を止め、路地の角に降りた。リリバードが叩く場所から、カイルは手紙を取り出した。それは、三つ折りにされた、封もされていない、ごく一般的な薄い紙切れだった。


「これは……『リリカント都市浮遊安全管理局』宛の、昨夜の魔導炉の温度報告書だ。魔力は完全にゼロ、感情もゼロ。ただの事務的な書類だぞ」


リリバードは、カイルが報告書を取り出すと、羽根を強く輝かせた。そして、今度は、まっすぐ北西方向、普段の配達では立ち入らない街の境界線を指し示し、トントンと嘴で叩いた。


カイルの胸に、確信が生まれた。


「感情の魔力はなくても、この手紙には街の秩序を動かす力がある。この『無の導き』こそが、師匠の言っていた真の道なのか」


カイルは、虹色のリリバードが指し示す方角へ舵を切った。その途中で、報告書の裏面に指の腹で微かに魔力を流し込んだ。すると、紙の裏に、師匠のあの癖のある筆跡が、うっすらと浮かび上がった。


「第五の盟約は『無の導き』にある。カイル、魔力も感情も込められていない、世界の円滑を廻すための『契約文書』こそが、真の道を示すだろう。その導きに従え」


前に見た抽象的なノートの記述が、この**『魔力ゼロの手紙』**によって、現実の道筋として繋がった瞬間だった。


カイルが辿り着いたのは、リリカントの街の西端、ほとんど使われていない古い魔力中継所だった。中継所の中は、埃と錆びた金属の匂いに満ちている。


カイルの頭上にいた虹色のリリバードが、中継所の隅にある、打ち捨てられた作業台を激しく羽ばたきながら指し示した。


作業台の上には、古い文献の山があり、その一番上に、師匠がノートに描いていた紋様と全く同じデザインの、小さな石の物体があった。**「風の盟約の鍵」**と呼ばれたその鍵が、カイルを待っていた。


カイルは、鍵に手を伸ばすのをためらった。師匠のメッセージは「道を示せ」と強く訴えかけている。だが、彼の魔法は「感情の連鎖」を尊重するものだ。この冷たい契約の鍵に触れることが、街の浮遊バランスを崩すかもしれない。


触れれば街の浮遊に影響が出るかもしれない。でも触らねばならない。このジレンマがカイルの胸を締め付けた。


カイルが鍵に触れた、その一瞬。


キィイィ!


虹色のリリバードが、甲高く、激しい警戒の鳴き声を上げた。同時に、中継所の外にある中継魔導器から、不安定な魔力の波動が放たれた。それは、周囲の空気を振動させ、カイルの皮膚を焼くような異質な魔力の乱れだった。


「まずい!」


カイルは本能的に、この鍵が「封印」を解くためのものだと悟った。彼は、素早く鍵を掴み取りながら、反射的に自分の真紅のマントに魔力を流し込んだ。


カイルは、滑空用の風の魔法を、一瞬で**「魔力吸収と遮断」**の魔法へと応用した。マントを、暴走する魔力の発生源である中継魔導器に被せるように広げた。


「静まれ!」


カイルのマントは、暴走する異質な魔力を堰き止め、不規則なエネルギーを吸収した。カイルは全身に負荷を感じたが、中継所の危機は回避された。彼の持つ感情の魔力は、契約の鍵に触れたことで、より強力な「制御」の力へと昇華されたのだ。


その直後、虹色のリリバードは、激しく輝きながらカイルの右肩へと飛び移り、そのまま彼の真紅のマントの裏地へと溶け込んだ。


ジィィン……


カイルは、体内の魔力回路が虹色に染まったような感覚を覚えた。リリバードが消えた後、魔力の乱れは完全に収束し、鍵はカイルの手に冷たく収まっていた。


「……僕の『感情』の魔力を、君は『盟約』の道へ誘導したのか」


カイルは、中継所の管理人に尋ねた。


「この中継所は、どこに繋がっているんですか?」


管理人は、面倒くさそうに答えた。


「ここは昔、街の排熱路に繋がっていた場所だ。今は使われてないが、あの奥の古い扉の先に、魔導炉の**『排熱路の奥の空間』**があるらしい」


カイルの思考が繋がった。排熱路の奥の扉。それは、師匠が言っていた西の魔導炉の塔の、最も危険な場所にあるはずだ。


「第五の盟約。それは、僕自身の配達能力を超えた、街の運命に関わる秘密なのか……?」


残りの配達を終えたカイルは、夜風が吹き始めた風車塔のバルコニーに立っていた。ポケットには、冷たい石の鍵が一つ。


今日、カイルを導いたのは「感情」ではなく、「無」の契約文書だった。


師匠は僕の感情に頼らず、盟約そのものに触れさせたかったのかもしれない。カイルが感情的な魔法に傾倒しすぎることを知っていたからこそ、師匠は、魔力がこもった手紙ではなく、この**「契約」そのものの意義**を示す道を用意したのだ。


カイルは、リリカントの街の浮遊を支える、遥か西にそびえる魔導炉の塔を見つめた。


「師匠。僕の仕事は、今日も誰かの心を温かくすることだと思っていました。でも、どうやら、あなたは僕に、この街の『盟約の管理者』になる道を示している」


彼は鍵を握りしめた。その冷たさが、彼の胸の中の熱い決意と対照的だった。


「排熱路の奥の扉。風の盟約の鍵。そして、僕に宿った『影の導き』」


一一カイルの配達の旅は、今、リリカントの街の創世記にまで遡る、壮大な物語へと足を踏み入れた。彼の「普通じゃない日」は、まだ始まったばかりだ。


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