魔法のステッキと豚汁の味 〜秋風が嗤う西日どき~
携帯が魔法のステッキだとしたら
僕らはどんな魔法をかけるだろう
《しゃくじゃくてんてん〜♪》
晴天を貫くビルの頂で
桃パフェいただきます
パシャリ撮った写真SNSに載せて
魅了、魅了、完了→送信ピッ!
共有しよう今日の喜び
そしたら僕ら、お腹も心も満たせるだろうか
肩がぶつかってされた舌打ちも
電車内で足を踏まれた擦り傷も
挨拶が返ってこなかった気まずさも
みんなみんなを、偽物に出来るかな
携帯が魔法のステッキなら僕は
みんなを騙すために使うよ
仕事だって上手くやれるし
料理だって旅行プランだって
何でもこなせるインフルエンサー!
……でも
ほんのちょっと、少し、疲れる
風に押されて立ち寄った牛丼屋
豚汁が身に沁みた秋の頃
「ご馳走様でした」も伝わらなかったけど
僕はあの味が大好きだ
だから、魔法をかけた
《牛丼屋さんが「またお越しください」って言うから、また行かなきゃ!笑》→送信ピッ!
秋風の寂しさが肩を撫でる
豚汁のネギが挟まった歯で笑ったから?とか
お箸を落としたから?とか
そんなの関係ない
僕は何でもこなせるインフルエンサー
書かなきゃ悲劇なんて起こり得ない!
魔法をかける
魅了、魅了、完了→送信ピッ!
(……いつか魔法が解けたとき、
僕は今日の豚汁の味を思い出せるだろうか)
照り照りの西日どき
秋に訊いた
汗が瞼を伝って目を閉じる
大事なことは何だろう
過ぎる不安も
書かなきゃ起こり得ない
だって……、
だって、そうだと信じるしかないじゃないか!
どうしろっていうんだよ、バカヤロー!
余裕綽々な秋風が僕の肩を撫でた
風流に変えるのはお手の物
《秋風を感じる季節になりましたね! これからのお月見が楽しみです、皆様は何を食べますか?》→送信ピッ!
ね、僕は凄い魔法使い
疲れたときは豚汁飲みに行くね!
今度こそ『ご馳走さま』が伝われば良いな
魔法をかける
また今度絶対に行くんだ
インフルエンサーなら余裕だよ!