閑話 緊急事態
管制室は騒然としている。
まさか、逃げ出すだけでなく、
ドローンを撃ち落とすとは。
「なんなんだ?
アレは。
アレは本当に男か?」
「館長!
ドローンはもうありません!」
「経費削減なんて、くそ喰らえ!」
館長、と呼ばれた女性は、
帽子を投げ捨てて頭をかきむしる。
「アレを連れ出した者は?!」
「駄目です。
何か強いショックを受けたようで、
まともに話もできません。」
館長は思い切り目の前のテーブルを叩いた。
「男がこんなこと、
できるわけがない!
最低限看守と会話できるだけの教育しかしてないんだぞ!
他の個体とも接触させてない!
あんな暴力的なこと、教えてない!
誰だ! こんなことを仕込んだヤツは!?」
ヒステリックに叫ぶその姿に、
威厳など欠片もなかった。
館長はそのままの勢いで、
テーブルの上の資料を握りつぶして散らかし、
暴れる。
「館長、この個体は、
少し前から異常行動が見られている個体です。」
「だから、なんなんだ!
それくらい、他の男もしてるだろ!
今さらそんな報告をするな!」
ほぼ八つ当たりだ。
声が裏返り、唾を飛ばして叫ぶ館長。
怒鳴られた方は、それでも続ける。
「データを見て分かる通り、
ストレス値が短期間で急激に上がった個体でした。
突発的に暴れだすことは、
よくあることです。
問題は、
あの個体が『何らかしらの手段で銃を奪い』。
『銃を使いこなし』。
『逃げ出した』。
この三点です。」
「……何が言いたい?」
館長はこの人が言いたいことが、
分かっている顔だ。
だが、館長は拒絶している。
館長は彼女の胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「館長、アラートです。
軍へ連絡をしてください。」
「馬鹿か!
そんなことをしたら!
ここにいる全員の首が物理的に飛ぶぞ!」
「このまま隠蔽したら、
家族の首も一緒に飛びます。」
その一言で、館長は苦い顔で黙る。
管制室が沈黙する。
彼女はまだまだ続ける。
「ここにいる1776頭の男は、
国が厳重に管理している『財産』です。
それも、非常に貴重な。
一頭でも逃げ出したら、大事だ、と
館長がいつも言ってますよね?」
「それとこれとは、話が違うんだ!」
感情的にわめく館長に、
彼女は冷静に対応する。
「早期報告、早期解決ができれば、
館長の名前は良いものとして残ります。」
この一言が決めてだった。
館長は、
振るえる指でボタンの蓋を外して押した。




