第69話 神のサイコロ
そうだ、あまりにも鮮明だった。
前世の俺の記憶はこと細かく、鮮烈で、
心を震わすものだった。
誰かが作って植え付けたにしては、
『あまりにも詳細でリアル』だった。
「あー。あー。
やっぱり……っ、かぁー。」
この世界に来てから、
嫌な予感しか当たらない。
俺は膝を抱えてうずくまる。
「思った通り過ぎる。
少しくらい……。
いや、SFなんだから、って言ったのは俺だよ。」
か細い声しかでない。
身構えていても、これはあまりにも酷い。
「……あのカプセルがあの映画と同じものだとして、
あの世界の人間のどれくらいが実在してた?」
「約八十億人の世界人口の内、
約三分の一はカプセル内に実在します。
後の三分の二は人工知能です。」
それだけの数がいれば、
この世界は、人類は助かる。
どうやら他の生き物のデータも歴史のデータも無事のようだし。
完璧で非のない解決策。
地球環境もこの『磁場嵐』が収まれば地表温度が下がる。
気温も二度くらいは余裕で下がるだろう。
逆に氷河期に突入する恐れもあるが、
『オメガドライブ』をコントロールできれば解決できそうだ。
「……なんで俺の身体を残した?」
「貴方に信じてもらうため、
脳死の状態の貴方の身体を保管していました。」
聞きたくないが、気になって仕方がない。
俺は知識欲に任せて質問を続ける。
「今の俺の身体は?」
「例の保護施設で偶然見つけたのです。
記憶のインプリントに耐えきれず、
脳死寸前の男性体でした。
その身体に合う人格で。
しかも、こちらの世界で死にかけていたのは、
あの時だと貴方だけでした。
すぐに記憶を移植しなければ、
どちらの身体も共に死亡していました。
選択肢はなかったのです。」
「そのために俺は殺された、じゃないなら、
まだいいか。
……っしゃぁ!」
俺は気合いをいれるため、
自分の両頬を加減せず叩いた。
そうとも、世界が残酷なのは当たり前のことだ。
今一度、この台詞で両足を支える。
そう、狂気だ。
揺るぎない狂気だ。
それだけは、確かにここにある。
俺個人の、唯一の財産だ。
頬を叩いた拍子に口の中を切ったようだ。
血の味がする。
脳裏に浮かぶのは、走馬灯のような前世の思い出。
耳はまだキーンと鳴っていて、
鼻は涙で詰まっている。
そこで気付いたが、
俺の目元は涙でぐしゃぐしゃだった。
俺は顔を上げた。
壁一面に写る俺の顔は、
頭髪や眉毛などの体毛がない。
その方が管理しやすいからだろう。
だが、俺の顔だと言いきれる。
何度も何度も見てきた顔だから。
あばよ、俺。
俺は大きく息を吸い込み、全て吐き出す。
そして、ゆっくり立ち上がり、
涙をぬぐってまっすぐ女神を見つめた。
「今すぐゲボ吐いて、泣きわめきたいが。
一旦置いておこう。
どうする?
どっちから聞けば良い?
黒幕についてが先か、
アンタの計画についてが先か。」
女神が少し驚いた顔で俺を見つめる。
「さすがです。
私の計画を全て壊して、
私の計画以上の結果を奪い取って来た。
貴方は間違いなく、救世主です。」
「やっぱり、
俺はアユの友釣りの『オトリ』か。
黒幕が俺にぶつかったところを、
アンタが釣り上げる気だったか。」
女神は微笑んでうなずいた。
「はい。
男性が意思を持ち、
行動することでアレが過剰反応すると思っていました。
あの国で暮らす彼女らに罪はありませんが、
貴方に反応したアレを見つけ次第、
私はこの嵐を連れて体当たりする予定でした。」
女神が口元を隠して笑う。
「ふふふっ。
まさか、貴方があんなことをして。
国ごと滅ぼすなんて。」
俺は頭をかきつつ、弁明する。
「だってよ、
国があんな風前の灯火みたいな状態なのに、
黒幕は一切口を挟んでなかったんだ。
見張ってはいるが、
管理はしないって感じでもなさそうだし。
国が壊れだしたら、
ひょっこり出てくるのかと思って。」
結果的には、
バニラたちセックスができるアンドロイドが国に蔓延しても黒幕は出てこなかった。
「多分、今日の騒ぎでやっと黒幕に俺のことがばれた。
だから急いでアンタのとこに来たんだよ。」
「そうですね。
ここは覚えていますか?」
壁に写った映像が切り替わった。
見覚えのあるトラックと、
屋根に穴の空いた建物が写し出された。
「……荒野の中の廃墟だ。
俺が逃げ込んだトラックが、
自動運転で勝手に行ったとこだろ?」
「はい。
あのドアのない建物が、
『オメガドライブ』の研究施設でした。
貴方か乗ったトラックは、
安地を求めて偶然あそこにたどり着きました。」
……また嫌な想像が頭をよぎる。
「あの廃墟、戦闘痕あったよな?」
「もう、察したのですね。
その通り、あそこを襲ったのは黒幕です。
私は仲間たちとあそこに籠城していました。
襲撃されましたが間一髪『オメガドライブ』を完成させて、
空に打ち上げました。
そして、
あの機密情報処理用の処分室にいたのは、
私、小池敦子でした。」
やっぱりあの変な建物、
重要情報持ってやがったのか。
あそこでセーブしたくなった俺の勘は大当たりだ。
「アンタ、覚悟決まりすぎだろ?
自分の記憶を『オメガドライブ』の人工知能に植え付けて、
自分自身は溶かすなんて。」
「私の頭の中の情報が奪われ、
逃がした『オメガドライブ』を捕まえられるわけにいかなかったのです。
ここからは、
小池敦子として話をいたしましょう。
黒幕について、です。
その前に、着陸いたします。
少し揺れるので、ご注意ください。」
女神がそう言うか言わないかくらいで揺れ出した。
俺はふらついたが、なんとか踏ん張る。
もっと早く言えよ。
画面のあの建物とトラックが大きくなる。
これ、リアルタイムの映像か?
「いつに間に移動した?
ってか、『磁場嵐』は?」
「お話ししながら嵐をおさめて、
下降しつつ移動していました。
それでもまだこの施設辺りは『境界』です。
私の着陸に適しており、あの街から遠く、
人が近づけない良い場所です。」
さらに大きく揺れたが、
次第にそれもおさまっていった。
「着地成功しました。
さて、黒幕について、
私が知る限りお伝えしましょう。」
次の瞬間、
俺は強い衝撃を背中に受けて膝から床に崩れ落ちる。
女神が驚いた顔をしている。
薄れ行く意識の中、俺はなんとか振り返った。
扉のそばに、誰かいた。
ダメだ。
もう……、意識が……っ。




