表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/14

2話『悪夢の前触れ』★




 悲劇はいつだって、


         突然やってくる。















 急いで下山したものの、やはりすぐに夕日は消えて、あっという間に夜になった。


 木々の間を抜ける風はどこか湿っていて、肌にまとわりつくような不快さがある。枝葉がざわざわと揺れる。


 セツは薪を抱えながら、ふと背筋が寒くなるのを感じた。




「……なんか、変じゃないか?」



 漠然とした問いかけ。何が、とは言えない。ただ、さっきまでとは空気が違う気がした。アズラもまた周囲を見回す。





「言われてみれば、確かに……なんだか、静かすぎるかも」






 森には鳥や虫の鳴き声が常に響いているものだ。しかし、今は耳を澄ませても、何も聞こえない。まるで、この場所だけが時間を止められたような感覚に陥る。足元の野草を踏む音だけが、やけに大きく響いた。


 セツは無意識に歩く速度を速めた。



「それに……なんだが他にも誰かがいる気がするんだ」


「ちょっと、やめてよ。誰かって、……わたしたち以外の人間でもいるって言いたいの」


「それは──」




 セツたちが生きるこの時代にはまだ、人類の数はほんの一握りしかない。元祖であるアダムと、その妻のエバ。そしてその二人の間に授かった子どもたちだけだ。そして、全員が今頃、セツとアズラがこれから帰還する家にいるはずなのだ。


 ──だから、二人以外の『誰か』がここにいるなんて考えられない。そう、ありえないのだ。

 



「そう、だな。とにかく、急ごう」


「そうね……こんなところに長くいたくないし」




 気づけば二人の間に会話が減り、ただ黙々と歩き続ける。



 ──なぜだろう。



 これから帰るべき家があり、今、隣には妹がいる。薪を集め、一日を終える。いつもの日常。ただそれだけのことなのに、胸の奥に拭えない不可解な不安がこびりついていた。


 先ほど目を覚ましたはずなのに、まだ夢の中にいるような気がするのだ。セツは無意識に拳を握りしめた。


 森の影が、静かに深くなっていく。


 そして、きっと誰も気づきはしない。


 その静寂の奥で、ふと── 本来ならいるはずのない『影』が、一瞬だけ揺れていたことを。



 ──その時だった。




 カサ……!



 すぐ近くの茂みが、わずかに揺れた。セツの足が止まる。



「な、なに……!?」




 アズラも息を呑み、緊張した面持ちで茂みに視線を向けた。


 風が吹いたわけではない。明らかに何かが動いた音だった。




 ──まさか。




 セツも無意識に喉を鳴らし、じりじりと後ずさる。


 先ほど(うな)されたばかりの悪夢が現実に重なっていく。森の闇に溶け込むような『悪意』が、すぐそこに潜っているのではないか──そんな非現実的な考えが頭をよぎった。


 背筋に冷たいものが走る。次の瞬間。



 バサッ!



 茂みからは───小さな野うさぎが一羽飛び出して、二人の間を横切った。






「……び、びっくりしたぁ〜もう!セツが変なこと言うから、余計に怖くなったじゃない!」


「……オレの考えすぎのようだな」




 よほど肝を冷やしたのか。アズラは胸を押さえて安堵の息をついた。警戒体制だったセツもまた肩の力を抜き、再び歩き出す。


 そうしてまたしばらく歩いた後、自分たちの家までもう半分の道のりというところ。相変わらず静寂すぎる静かな森の道の中にも関わらず、セツがやけに辺りを気にしている。何度も何度も後ろを振り返るその様にアズラは不安を覚え、どうしたのかと尋ねると、


 



「……焦げ臭い」


「え……?」



 セツの言葉にアズラも立ち止まり、鼻をひくつかせる。すると、


 ふっ……、


 やけに鼻をつく。生木の焼けるような嫌な臭いが、風に乗って運ばれてくる。



「ほんとだ。この臭いどこから……、って、セツ!?」




 アズラの言葉が言い終える前に、セツは走り出していた。




「ちょっと!セツ!?置いていかないでよっ!」




 アズラの叫びも耳に入らないようだ。


 嫌な予感がする。

 早く、確かめなければ。


 森を駆け抜け、丘を越える。胸が高鳴り、鼓動が耳に響く。


 ──そして、見えた!




「なっ!?どういう、ことだ……!?」




 家が燃えていた。遠くに見える自分たちの家──そこから、煙が立ち上っていた。夜空を裂くように昇っていた。





「……オレたちの家が……燃えてる……!?」


「う、うそ……でしょ!?」




 信じられない光景。最初は目を疑った。


 きっと焚き火の煙だ……。誰かが薪を入れすぎたんだ……!


 だが、遠目にも分かるほど激しく燃え上がる炎が、その期待を無残に打ち砕く。




「なんで…っ、家が……っ!?」


「……っ、オレが聞きたいくらいだ」





 アズラの泣きそうな声がセツの耳朶(みみたぶ)を打つ。


 全身が一気に冷たくなるのを感じたセツは、己を制するように強く唇を噛む。今すぐ両手で頭を掻きむしって気の済むまで絶叫したいくらい、不安と焦燥の入り混じった混沌とした感情を持て余していたから。

 


 あの家には家族がいるはずだ。


 オレたちの帰りを、あの場所で待っていたはずだ……!


 

 



「行くぞ!アズラ!」


「うん!」




 セツは背負っていた薪を放り投げ、全力で駆け出した。アズラも必死で後を追う。


 頭がひどく混乱している。胸が張り裂けそうなほど痛む。息が苦しい。ただひたすらに、燃え盛る家へと走る。


 ──一体、何が起きた?

 どうして、オレたちの家が……?



 答えはわからない。



 だが、一つだけ確かなことがあった。


 この瞬間、彼らの運命が大きく動き出したのだ。








       ◇◆◇◆◇













 セツたちの家は激しく火の粉が舞い、炎に照らされた赤い煙が周囲に充満した。


 轟々と燃え盛る炎が、夜空を赤黒く染め上げていた。乾いた木材が崩れ落ちる音が耳をつんざく。



「っ……はぁ……はぁ……!」




 全力で駆けてきたセツたちは、荒く呼吸を繰り返しながら目の前の惨状を見つめた。




「はぁっ、……みんなはっ!どこ……っ!?」



 燃え上がる炎が呆然と立ち竦むアズラの頬を赤く照らし、その瞳に恐怖と混乱の色を映す。


挿絵(By みてみん)


 信じられない……。


 オレたちの家が、どうして──


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ