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15話『奇妙な運命』





「……立てますか?」




 頭上から降ってきた声に釣られるように、セツは顔を上げた。


 そこには、差し出された白い手があった。



「あ、あぁ……」



 戸惑いながらも、その手をそっと取る。


 すると、相手は軽やかに腕を引き、セツを支えて立ち上がらせてくれた。



「どこかお怪我はありませんか?」



 細くてしなやかな指先。


 その手の暖かさと善意に満ちた落ち着いた声音は、セツの心に優しく響いた。そして、同時に安堵をもたらしてくれた。



「おう、おかげ様でな。どこの誰かは知らねーけど、助かったぜ。もしアンタが助けてくれなかったら、きっとオレたち、この街の連中達に……」



 安堵とともに気が緩んだのか、途端に込み上げてきた悔しさが視界を滲ませる。



「……クソッ!カッコ悪りぃな。オレ」



 見知らぬ人の前でいきなりこんな風に泣いてしまうなんて、みっともないにも程がある。

 だけど、止めようとすればする程、却って涙が溢れてきてしまう。


 フードの人物は少しの間そんなセツの様子を伺っていたようだったが、不意に繋いだままだった手が離れていった。


 そして、その手が撫でるような仕草でセツの頬へ触れる。



「無理しなくていいのですよ」


「……っ、」



 相手の取った行動に、セツは思わず肩を震わせたが、不思議とその手の感触が嫌ではなかったし、先ほどの大人達に触れられた時のように、不躾だとも感じなかった。


 ほっそりとした氷細工のような白い手だったから、てっきり冷たいのかと思っていた。


 しかし、労わるように握ってくれた手も、慰めるように頬へ触れた手も、どちらも優しく暖かかった。


 たった今襲われかけたばかりなのだから、警戒してしまうのが普通だろう。


 いくら窮地から救ってくれたとはいえ、先ほどの理解を越えた現象を引き起こしたであろうこの謎の人物とて初めて会った見知らぬ人なのだから。


 だというのに、警戒するどころか逆に無防備になってしまいそうなのが不思議だった。


 一見怪しそうにも映る装いなのに、密かに積もらせていたセツの不信感を霧散させるような雰囲気を持っているのだ。



「……は、はは、面目ないな。みっともねーところを見せちまって、」


「ふふ。とりあえず落ち着いたようで良かったです」



 涙が乾いた代わりに笑顔を浮かべたセツにひとつ頷くと、フードの人物はくるりと向きを変えて、今度はミアの方へと歩み寄る。


 そして、ゆっくりと膝を曲げ、幼い彼女と同じ目線にまで姿勢を落とし、微笑みかけた。



「お嬢さんも……大丈夫でしたか?」


「……う、うん」



 ミアは少し驚いたようにまばたきしながらも、こくりと頷いた。


 すると、フードの人物は目敏くミアの腕に目を留める。


 小さな腕が、赤く擦れていた。



「ああ……ごめんなさい。もう少し、早く止めに入るべきでしたね」


「いや、アンタが謝ることじゃないだろ」



 そんな風に肩を落として詫びる、ましてや助けてくれた者に、責める言葉などあるはずもない。


 そう。決して相手の落ち度ではなく、偏見に満ちたこの街の大人たちの醜悪さこそに原因があるのだから。


 そんな自身の内側に生まれた暗い感情を誤魔化すように、セツは顔を上げると早口に視線をそらしながら、



「むしろお礼を言いたいくらいだ……助けてくれたこと、正直、うれしかったぜ」



 言い慣れていないせいか、どこかぎこちなく伝えたセツの言葉には、確かな感謝の想いが込められていた。



「ですが……」



 それでも、目の前のフードの奥から向けられる視線に、雑じる哀切の感情には変化がない。


 そんな相手の口惜しさが、自責の念が、セツには手に取るようにわかった。


 だから、



「大丈夫だって。ああいう扱いには、慣れてるからさ」



 さらりと、そう言い放った。少しでも相手の罪悪感を軽くするように。


 そんなセツを、ミアは胸の前で手を組みながら心配そうに見つめている。その顔は物言いたげだった。



「……慣れている、ですか?」



 そして、繰り返すように問うフードの人物の語調も憂慮の色にますます深まる。


 その反応を見て、逆に気を遣わせたと察したセツは、やがて諦めたように頬を掻きながら、



「ほら、オレってこんな見た目だろ? 髪じーさんみたいに真っ白だし、目も……普通じゃありえねー変な色してるし」



 そう自嘲気味に笑ったセツは視線を逸らさず、そこで初めてまっすぐ相手と視線を合わせた。


 セツの瞳が、フードの影から覗く瞳と交錯する。


 すぐ間近で、真正面からセツの容姿を目の当たりした途端、フードの人物の身体が、ぴたりと止まった。



「……っ!あ、あなた、は……!?」



 息を呑んだ気配。


 驚愕とも困惑ともつかない感情が向けられたのは、きっと気のせいではないのだろう。


 しっかりと二人の視線が交差したのは果たして数十秒だったのか、一瞬だったのか、わからないまま、不意にその人物は、



「どうして、こんなところで……?」



 それは実に小さな呟きだった。きっと独り言なのだろう。


 しかし、風に乗った言葉は、しっかりとセツの耳まで届いた。


 どくん、とセツは跳ねた鼓動を感じた。



「な、なんだよ……?」



 訝しげに問いかけると、そこで相手はっと我に返り、



「い、いえ!気になさらないでください」


「......」



 しばしの、沈黙。


 セツは暫く無言でいたが、やがて気まずい空気を拭うように、わざとらしく笑った。



「ハハ、いや、そりゃそういう反応にもなるか。やっぱオレの見た目って珍しいのかねぇ」


「え?いえ……、そうでは、ありません」

 

「無理すんなって。こんな変な目、そうそう見ねぇだろ」


「いえ。むしろ──親近感さえ湧きます」



 告げられた言葉の意味が呑み込めず、セツは「は?」と疑問をそのまま音にする。


 

「だって、それは()()()()()()ですから」



 そう言って、フードの人物は、ゆっくりと手をあげた。そして、自身の頭を覆っていたフードを、静かに下ろす。



「…………ぁ、」



 そのときの衝撃を、なんと例えればよいのだろうか。


 雷に打たれたような驚き。


 初めて海を見た子どものような感動。


 長く探し続けた同族と、巡り会えたときのような胸の高鳴り。


 それらすべてが、一度に押し寄せてきた。



「……自己紹介が遅れましたね。ノアと申します」



 

 そして、柔らかく細められたその金色の双眸には、琥珀色の瞳孔が彩られていた。


 この世界で初めて見る──セツとまったく同じの「異端な瞳」を、していた。

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