11話『疑念』
ミアの腕を引き、来た裏道を引き返し終えると、今度は大通り──街でも最大級の道幅を誇るその通りへ向かう。
セツも、ミアも一言も発さない。
賑やかな雑踏へ飛び込んだにも関わらず、セツは自分の足音だけがやけに大きく響くのを感じた。
立ち止まれば、何も考えずに立ち尽くしてしまいそうで、セツは歩くことをやめられずにいた。
ぞろぞろと行き交う人々の間を縫うように通り抜けて、人波に逆らいながら進む。
群衆に紛れても、非常に目立つセツの容姿。そんな彼と行き交う街の人々の視線には相変わらず『珍奇』なものでも見るような、忌避と恐怖が入り混じった色が濃い。
すれ違い様にセツの姿が視界に入ると露骨に顔を顰め、あからさまな嫌悪の態度を示してくる。
それを見咎めたセツはいちいち睨みを効かせながらも、雑踏を足早に通り越し、ゆるやかな斜面を下っていく。
(お使いも終わった事だし、帰るか)
真横を通過する竜車の砂煙に顔をしかめ、しかし、セツの心はここにあらずだった。
目指すべき帰る場所は、決まっているのに。
さっさとこんな偏見に満ちた街から立ち去って帰りたいと、ひたすら思うのに。
迷う理由など、どこにもないはずなのに。
なぜか、セツの足取りは重い。
(これも全部、先生のせいだぜ)
思い出されるのは今しがたのヴィクターとのやり取り。
どろどろとしたような思いが渦巻いている自分の胸のうちに意識を向ければ、即座にヴィクターの言葉と眼差しが鮮明に蘇る。
『昔から腹に一物抱えてる女だとは思っていたが……はて、何を考えているのやら』
マザー・シプトンへの不信を表すその言葉を反芻するたび、セツの胸の奥から苦いものが込み上げた。
『──なら、お前はあの人のことを知っているのか?』
純粋な疑問の声に、セツは当たり前だと応じようとした──が、できなかった。
心の声がせき止められる歪な感覚。
それは簡単なようで難しい、自分の心を騙すという一種の矛盾を孕んだ行い。
かけられた疑惑の声に対し、はっきりと応答できなかった時点でセツは声の正体が自分の心の声であることに気付いた。
声は、セツの声音で繰り返す。
『本当にお前、あの人のことを知っているのか?』
知っている、と声を大に答えようとして、自分の心を騙し切れないままの喉は震えることさえも許さなかった。
セツはマザーシプトンと出会うまで、彼女がこれまでどんな人生を送ってきたのかなんて知らない。
セツは彼女が、なにを思って修道女になったのかを知らない。
セツは彼女が、自分を魔女と同一視する人々をどう思っているのかを知らない。
セツは彼女が、今、何を思って生きているのかを知らない。
──知りたく、ない。
そんな無意識的なセツの現実逃避な心理を完膚なきまでに見抜き、またしてもヴィクターの言葉が蘇るように迫ってくる。
『少年。お前さんとて薄々気づいてるんじゃないか? あのマザー・シプトンって女が、ただの“修道女”じゃないってことに』
ああ、それは知ってるさ。
──〈予言の魔女〉だろ?
それがなんだ。
魔女だろうが、悪魔だろうが、マザーはセツにとって恩人には変わりがない。
たとえ、どれほど、この世界がどれだけ彼女を排斥しようとも、それでもセツだけはそんな彼女に────
『本当に、そうだろうか?』
ふと、たどり着いた答えに忍び込んだ猜疑心に、セツは息を詰めて目を瞬かせる。
「おいおい、マジかよ……」
気がつけば、そうしてほんのわずかな疑念をマザーシプトン自分に気付き、セツは自身への落胆と失望を隠し切れずに音にして呟く。
マザー・シプトンはセツにとって、この頼るもののいない世界で唯一心を預けることができる親代わりだったはずだ。
自分を助けてくれた恩人を疑う真似なんて、それこそ最低の行いではないか。
セツは頭を振って、ひたすら問いかけてくる不穏な疑念を振り払う。
自分のことで手一杯で、考えることが必死で、周囲をよく見ていなかったのが仇となったのか。
──そうして負の思考の螺旋に沈んだまま街を駆け抜けるセツの顔面が、誰かにぶつかって尻もちをついてしまう。
「……っ」
鈍い衝撃。
砂利で擦ったらしく、手の平が少し痛い。
「セ、セツ!大丈夫……!?」
慌てふためくミアの心配する声で、はっと顔を上げたときには、すでに遅かった。
「オイオイ、痛てぇじゃねぇか」
低く、ざらついた声。
日に焼けた肌に無精髭の中年男性が、道を塞ぐようにセツたちを見下ろしていた。




