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神芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
第Ⅰ章〜孤児院編〜
13/32

『悪夢の余韻』


 ああ、まただ。


 目を閉じて、眠りの世界に入ると、決まって夢を見た。また、あの悪夢を見た。


 見慣れた太古の景色。そこで平和に暮らすかつての家族と過去の自分。


 しかし、命のやり取りの末にすべてを奪われて、異次元の闇に黒く塗り潰されていく、またしてもそんな夢だった。


 フィルムの上映のような他人事の世界で、実感の伴う記憶の光景。それをセツは呆然と眺めている。



「────」


 


 何をどうしたらいいのか判らない。


 そうしてただ立ち尽くしているうちに、自らもまた、その闇の好餌(こうじ)となる。


 足元から膝に達し、その果てなく暗い色は、いつの間にかセツを腹の辺りまですっぽりと覆ってしまっているのだ。




     『       』




 そして、この瞬間には決まって声が聞こえるのだ。


 何を言っているのかまでは聞き取れない。


 セツは必死に、その声に耳を澄ます。


 今度こそ、その声の正体を突き止めようとした。


 けれどやがて、セツを侵蝕していた闇がついに腕へ、顔へ、そして頭の先までを覆う。


 あとは、一面の暗闇。


 残されたものはただ、それだけだった。























 悪夢が閉じたあとに見た現実は、あまりに眩しい朝を迎えました。


 現実味を帯びたあの夢を見たあとは決まってしばらく身動きする事ができない。


 自室の天井をぼうっと見つめながら、見たばかりの悪夢の残滓がまとわりつく全身をただ横たえたままにするしか術はなかったのです。



「はぁ、……っ、はぁ……っ」



 激しい動悸に、顔中から汗が噴き出します。ぽた、と涙が流れていくのをそのままに、震える身体を自ら抱き締めました。



「くそッ!!なんだってんだ!」



 相変わらずなんて酷い夢だったのだろう、そう思いかけ、首を振ります。


 いや、ただの夢ではない。


 初めこそ夢というものは、体験したはずのないことですらまるで実際に体験したことであるかのように再現しただけの幻想であればいいと思った。けれど、そんな生易しい考えはすぐに切り捨てた。


 そう、マザーが指摘するように──こうも毎晩繰り返される悪夢は、実際起こったかもしれないセツの忘れ去った過去の出来事なのだ。



(たぶん、アレは現実だ)



 そして、日に日に張り裂けそうなこの胸の痛みもまた確かに本物であることくらい十分にわかっていたのだ。


 おそらくあの時代の世界は今も、続いている。


 セツは顔を覆いました。


 あの時代にはもうセツはいない。


 そして、きっとあの時代の家族はもう誰も生き残っていないだろう。それを思うと言いようのない感情が後から後から溢れて堪らなかった。


 窓から見えるのは、今の心情とは程遠い清々しい早朝だった。


 セツは窓の外を眺めながら、次に妹であるはずのアズラの事を考えた。過去の世界に置いてきてしまった彼女の事を。もう会えない彼女の事を。そして──自分を恨んでいるのだろう彼女のことを。





   『絶対に許さないから』






 自ら死を引き受けた妹の呪詛が、セツの心を蝕む。


 気付けば彼は、嗚咽を漏らした。


 視界が涙でぼやけ、不鮮明な光しか認識できなくなって、また目を瞑った。



「すまない……アズラっ、お前を守れなくて、……っ」



 決して彼女に届く事のない言葉を、嗚咽とともに喉の奥から絞り出す。


 セツは一生、妹を見捨てた自分を奥底に秘めたまま生きていかないのだと思うと、今一度、自分の罪深さを自覚する。


 自分だけが生き延びてしまった悔しさと情けなさとで叫びたくなる気持ちを押し殺すことができず──セツはゆっくりとベッドから降り立つと、窓際に歩み寄った。


 窓を開けると、大きく息を吐いたと同時に、吹き抜ける爽やかな風がセツの火照った頬を撫でていく。


 だが、それでも、セツの胸の奥で燻る罪悪感は消えない。いや、きっと消える日は永遠に来ないだろう。そう簡単に忘れることも、吹っ切れるようなものでもないのだから、当然と言えば当然のことだろう。


 ──オレは、どうすればいいのだろう。


 答える声はない、殺風景なこの部屋の中で、セツにわからないことに答えが返ってくるはずもない。


 ぐるぐると思考を巡らせるうちに、ふと。ひとつの考えがセツの頭の中に落ちてきて、すっかり彼の思考は〝それ〟に支配されてしまう。


 過去を償えないのなら、過去の者たちの命と引き換えになったセツの生を無駄にすることはできない。せめて飛ばされたこの未来で新たなる人生を歩むしかないのだ。


 そう思い立ったセツはもう一度外の景色に意識を向ける。外へ広がる朝焼け、新しい一日が始まるその美しさに僅かな救いを感じていると、彼はふと、あることを思い出した。




(そういえば、またあの声が聞こえたな)




 悪夢の最後には必ず聞こえてくる謎の声がやはり気に掛かった。


 男の声か女の声かも判別できない。それが一体誰なのか、どうして同じ悪夢の最後に必ず聞こえてくるのか、答えはまだ掴めないままだ。


 何かを伝えようとしているのかもしれない。或いはそうでないのかもしれない。とにかく、セツはその声が何を意味し、何を告げているのかを知りたい。


 次こそはと思う。


 次にこの夢を見たなら、その声を突き止めたいと思う。


 そうすれば、この過去の呪縛から解放される気がした。


 ともあれ、




「──そろそろ、祈りの時間だな」

 


 日課としては億劫な気持ちになりながらも、セツは簡単に着替え直し、それから静かに寝室を出た。


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