10話『ここから始まる物語』
おねがい。どうか
──「終わり」になど手を伸ばさないで。
──。
────。
────────。
──声が、した。
闇色に塗り潰されようとしていた世界で、セツの終わりを否定する、声が、した。
刹那、
──ドクンッ!!!
セツは自分の魂の奥で、何かがひび割れていく音を錯覚する。
そうだ──まだ、終われない。
まだ、オレは…ッ!──私は!!!
死の淵で、セツの魂が叫ぶ。
絶望も、恐怖も、痛みも、すべてを塗り潰すほどの執念。
──こんな形で、終わってたまるか!!!
その願いが。
(その妄執が)
神の理さえも捻じ曲げ、
世界の均衡を狂わせる扉となる──
──世界は、再び、廻りはじめる。
──空気が揺れ、世界の色が反転する。
すべては、突如として起こった。
捕われたセツの背後の空間が、ひび割れたように軋んだ。
バキィィンッ──!!
乾いた音が空間を裂き、その裂け目から漆黒の渦が現れた。
空間が歪む──首だけ後ろへ向けてみれば、凄まじい重圧がそこに満ち、すべてを飲み込もうとする【黒い空洞】があった。
渦巻く闇の異空間が、大きく口を開けている。
渦から生まれた風が、木々を唸らせる。ついにはセツの身体もその風に引き寄せられ、ふわりと浮いた。
襲撃者が逃すまいと手を伸ばすが──間に合わない。
抗う間もなく、引力に連れ去られたセツはそのまま、空間の歪曲へ巻き込まれていった。
刹那、世界が静止した。
意識が遠のいていく。
その最期の瞬間、
セツの眼に焼きついたのは、
────紅い眼。
血のように深紅の眼が、冷たく、鋭く、ただ静かに──セツを見下ろしていた。
たとえすべてを忘れても。
あの瞳だけは──決して、忘れられない。
「……フッ、残念だったな」
────そして、セツの意識は沈む。
深い、深い、黒へと。
やがて──世界は流転する。
星々が遠ざかるように、時間と空間が混濁する。
神の領域を超えた存在が干渉し、少年を世界の“向こう側”へと放り出される。
それは、まだ誰も知らぬ新たな物語の始まり。
時空を越えた過去と未来の狭間。
セツは──「新たな運命」を背負って、再び、目覚めることになる。
──だが、それはまた、別の物語。
──暗く、冷たく、未知なる空間。
そこには、「終焉」が潜んでいた。
「──また、巡る……」
無感動の瞳には希望と呼べる光は微塵も浮かばない。
静寂の中、誰にともなく捧げるように、
「ああ、願わくば」
──彼の者が神の救世主であらんことを……




