湯船に浸かるということ
ご覧いただきありがとうございます。
楽しんでいただけますと幸いです。
しっかり食べてしまった…スープもサラダも美味しく、なんだったらスープとパンは勧められるまま、お代わりまでしてしまったのだ。
しかも夕食を用意してくれた代わりに片付けは自分がすると申し出たが、それは明日からだと言われ、ライカの手の一振りでテーブルが片付き食後の飲み物が用意されたのだ。
(あれ?「魔法使い」に僕の手伝い要らない…?)
出してもらった紅茶を飲みながら内心震える。ライカの、手の一振りで家事なんてものは何でもできてしまいそうな姿を見ればレノの焦りの当然と言えた。
「そういえば、聞くのを忘れていたわ。妹さんはもう大丈夫なのかしら?」
「お陰様ですっかり良くなり、今は元気に働けてるよ。改めて、ありがとうございました!」
深々と頭を下げると、良かったわねと第三者のような返事が返ってくる。
(いや全て貴女の御陰ですけど?)
優雅に紅茶を飲んでいるライカに心の中でツッコミを入れるレノは、妹が回復するまでの間、ライカがたまに覗き見をしていた事は知らない。
ふとレノはライカの事が知りたくなる。
「あの、好き嫌いはあるかな?好きな食べ物とか、匂いとか色とか……今後の参考にしたくて」
「特に好き嫌いはないから貴方の好みで大丈夫よ」
何も知る事ができない返事に少しがっかりする。しかしめげずに追加の要望を出す。
「それじゃあ、何かリクエストがあったら言って欲しい。まずは明日の朝食とか…」
「明日の朝食?貴方が用意してくれるの?まだ雇用について詳細を詰めれていないわ…」
小首を傾げるライカに対し、そこからかとレノは急いで働く旨を主張する。
「明日だからね!それに従業員証はもう受け取ってるし!」
首に下げた青い石を少し持ち上げる。これ以上、貰いっぱなしにはできないのだ。
「ありがとう、それではお言葉に甘えようかしら。リクエストも…今は無いけれどもしあったら言うわね」
結局何も分からないままだが、それ以上に大事な仕事を死守できたレノは安堵する。ライカの事は少しずつ知っていけば良いのだ。
そこに何処からかリンリンとベルの音が鳴る。驚き辺りを見回すがベルは見つからない。
「ああ、驚かせてしまったわね。あの音は大丈夫よ。お風呂のお湯が溜まったと言う知らせだから。」
「お風呂のお湯が、溜まる?」
火の番など何もしていなかったが、お湯が沸いたのか?今日使う分を沸かして溜めておき、そこから使うのだろうか?色々と疑問の方が湧く。
「そう、多分馴染みのない文化だと思うから見てもらった方が早いと思ってさっきは言わなかったの。ちょっと来てくれるかしら?」
「わ、分かった」
スッと立ち上がったライカに付いてお風呂場に行く。そこにはバスタブにお湯が並々溜まっていた。
「我が家では、お風呂は毎日お湯に浸かるのよ」
「!?」
「お湯は毎日溜め直すの。このボタンを押すと自動でお湯が溜まって、一定量溜まるとさっきみたいにベルの音で知らせてくれるわ。後に入った人がこの栓を抜いてお湯を流すのよ」
「!!?」
「あ、どちらが先に入るか分からないから…私の入った後のお湯が嫌なら一度捨てて溜め直してちょうだい」
「!!??」
「バスタブはお湯に浸かる場所だから、体を洗うのはこの洗い場なの。お湯に浸かる前に体を洗うのよ。」
それから…とシャンプーなどの説明、バスタブのお湯に溶かす粉の説明をされた。今日は試しにとラベンダーの匂いがする粉をお湯に溶かしてくれたが、好きな物を選んで入れて良いらしい。
衝撃の文化に圧倒される。何と贅沢で何と便利なお風呂なのか…驚きのあまり声が出なくなったレノはライカの説明にコクコクと首を縦に動かす事しかできなかった。
そしてそのままバスタオルを渡されお風呂を勧められる。異文化に気圧され切ったレノは言われるがまま自室の急いでパジャマを取りに行き、家主より先にお風呂に入る事となった。
言われた通りに体を洗い、バスタブ内のお湯に触れる。一瞬、鍋で鶏肉を煮る光景が脳裏を掠めたが適正温度に安心し、意を決して入る。
(………これはっ!!)
全身を湯で包むと言う贅沢と温かさ、そしてリラックスできる香り…
「はぁーーーーーーー……」
思わず溶けそうな声が出た。レノがこの「お湯に浸かる」と言う行為にハマった瞬間である。
ちなみに2番目に入ったライカがお湯の冷め具合に悲しくなり、追い焚き機能が急遽追加されたのはこの2時間後の話である。
いつかレノに温泉の匂いを体験してもらいたいです。