雇用契約
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店の扉がコンコンコンと叩かれる音がす。
今日は客が来る予感はなかった。きっとナニカが迷い込んで来たのだろう。そう、推測する。それならば道を教えてあげれば良いだけだ。
対話が可能なナニカなら良いが…そう思いながら声をかけて入店を促す。
「失礼します!魔法使い様、約束通りここで働かせてください!」
「え?」
店の扉を開けて入って来たのは背の高い、濃い金色の髪をした青年だった。
「ごめんなさい、約束なんてあったかしら?」
素直に聞き返せば青年の顔が驚きと悲しみに変わった。
そこでハッとする。随分と成長し、小綺麗になったため分からなかったが、そのアイスブルーに瞳には見覚えがあった。同時にどうやって店に辿り着けたのだろうと驚く。
というのも、この店自体に魔法をかけており、必要な人しか辿り着けないようになっているのだ。それ以上に自分はあの時、確かにこの店の事は忘れるようにしたはずだ。
疑問が残る。しかし思い出した以上、目の前で悲しそうにしている青年をどうにかしないといけない。
「思い出したわ。4年前に妹さんの病気を治すために訪ねて来た子でしょう?随分と大きくなったのね」
微笑みながらそう声をかけると、パッと輝くような笑顔に変わる。髪色と相まって眩しい。
4年前に訪ねて来た時には茶色だと思っていた髪色は、綺麗になった事で実は違った事が分かった。生活が安定していそうな様子が窺えて安心する。
「そうです!4年前に薬を作っていただいた者です。あの時の代金と恩をお返しに参りました!こちらで働かせていただけますでしょうか?家事でも店番でも何でもします!」
(あぁ…そんなこと言ったなぁ……)
店の事は忘れさせるつもりでいたので、その場凌ぎに適当な事を言ってしまった。20歳になったらここで働いても良いとか…遠い目をしそうになるのを我慢する。
青年の方を見ると大型犬のような様子で自分の返事をキラキラと待っている。家に帰すための嘘だったとは、どうしても言えなかった。
ふぅと心の中で息を吐く。
「分かったわ。約束だもの、ウチで雇うわ」
「ありがとうございます!!」
勢いよく頭を下げる。その姿は4年前から変わっていない。
「でも私、人を雇った事がないの…お給料とか福利厚生は相談しながら決めせされてもらって良いかしら?」
「福利厚生だなんて!お給料も食べていければ良いので…」
「ダメよ!労働には対価が必要だもの。お給料もちゃんと出すわ。そこから少しずつお薬代を返してくれれば良いから」
「…ご自分は最初、薬代は要らないと言ったのに?」
「何か言ったかしら?」
「何でもありません!ご厚意に感謝します!」
この4年間で少年は青年になり、いろいろ成長したようだ。
「福利厚生はどうしましょう?住宅手当とかかしら?貴方、住む所はどうしているのかしら?」
「とりあえず今日はこの後、宿を探す予定です。明日以降に家を探そうかと…あ、お仕事は明日からでも大丈夫です!」
「何も大丈夫ではないわね?」
そういえば大きめのトランクを持っている。まさかそれが引越し荷物だったとは…
「…貴方が良ければここに住み込みで働かない?部屋は余っているの。食住は保証するわ。…衣は自分好みもあると思うから自分で買ってちょうだい?」
「願ってもない事です!!」
「決まりね。貴方には食事の準備やお掃除などをお願いしてもいいかしら?」
「お任せ下さい!修行してきました!」
「修行?そう…頼もしいわね?」
気圧されている…
青年の勢いに負けている自分を自覚する。笑顔が崩れていないか心配だ。
「それでは早速貴方の部屋と家の中を案内するわね?基本的に自由にしてくれて良いから、今日はもうゆっくりしてちょうだい。詳しい話は明日またお話ししましょう」
「ありがとうございます!」
歩き出した所で肝心な事を忘れている事に気付く。
クルッと後ろを付いて来始めていた青年の方に向かい、ポンと手を叩く。
「そうだわ、まだ名乗っていなかったわね。私の事はライカと呼んでちょうだい。敬称も敬語も不要よ。貴方の事はレノと呼んでも良いかしら?」
「っ……!名前、覚えていてくれたんですね!僕の事は好きにお呼びください、ライカ様!」
「敬称も敬語も不要よ?」
「あ、はい…気を付けま………頑張る……」
顔を赤くし勢いを無くすレノを見て、何かに勝ったような気持ちになる。
(まあ、私の元にいた方が安全かもしれないわね)
そう思いながらここまで話が進んでいるのも関わらず、今頃になって雇う決心をしたのだった。
ようやく2人が合流しました!
2人暮らしを書くのが楽しみです!