約束を果たしに
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少年が店を出て行くのを見送り、魔法使いはホゥと息をついた。
大人しく指輪を持って帰ってくれて安心したのだ。
彼の姿や家の様子を見るに父親の影がない。しかし指輪は大事にされていた様子だった。という事は、あの指輪を送った人とは望まぬ別れをしたのだろう。そう推測できてしまったのだ。
(預かるだけでも重すぎるわぁ……)
思い出の品より今生きている家族が大事なのは分かるが、受け取る方の身にもなって欲しい。
それに…と指輪を受け取って貰えないと気づいた時の少年の様子を思い浮かべる。指輪の代わりにここで働くと言い出すとは思わなかった。
(大切な家族が居るんだもの、一緒に居るべきよ。ここに留まらせる理由はないわ)
魔法使いが手を払う仕草をする。キラキラと手から金色の光が舞った。これで彼の妹が回復する頃にはこの店の事は忘れるだろう。
一仕事を終え、片付けを始める。
……魔法使いの方が彼ら家族を忘れられず、彼の妹が回復するまでちょくちょく鏡越しに様子を覗いてしまうのだった。
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「兄さん、そろそろ汽車の時間じゃない?」
そう言いながら駆け寄っててきたのは妹のリアだ。
魔法使いから貰った薬を飲み始めてから、みるみる体調が良くなっていった。そして3ヶ月後には本当に走り回れる様になり、病弱だった元の体よりも健康的になった様子だった。
あれから4年、17歳になったリアは仕事にも就けている。子供達が自立した事で母の負担もかなり減ったのだろう、父が生きていた頃の様に溌剌としている。
「ああ、そろそろ行ってくる!」
元気良く答えるとリアの笑みが返ってき、奥の部屋から母が出てきてくれた。
もう自分がこの家に居なくても大丈夫だ。20歳になったレノにはそう思えた。
「兄さん、コレを魔法使い様にお渡しして!お礼のお手紙を書いてみたの。命の恩人だもの、本当は直接お礼を言いたかった、そもそもお金だって私から渡したかったのに……」
リアは悔しそうにそう言う。というのも、16歳になり仕事に就いたリアは、お給料を貯めて1人で魔法使いに会い行ったのだ。しかし、不思議な事にお店が見つからなかったらしい。
「ちゃんとたどり着けたら必ず渡すよ。」
妹から預かった手紙を無くさないようにカバンに仕舞う。
お店が見つからなかったという事につてはもう考えないようにしている。この4年間、魔法使いに関する噂は聞かなかった。移店でもされていたら、もう見つけられる気がしない。考えても仕方ないのである。
「しっかりと魔法使い様に奉仕するのですよ。手を抜いたらもう家に入れませんからね。」
「そんな事する訳ないだろう!母さんから学んだ家事スキルを発揮してくるよ!」
レノの言葉にうんうんと頷く母は、母というよりも師匠の顔付きになっていた。
この4年間、師匠と呼べるほどに母にはみっちり家事を仕込んでもらった。もちろん魔法使いのお役に立ち、薬代と恩を返すためである。
魔法使いの店から帰った日、母に指輪を受け取って貰えなかった事を伝えて指輪を返した。そして指輪の代わりに20歳になったら薬代を返しに行く事を伝えたが、あまり良い顔をされなかった。
しかし、魔法使いの薬を飲み始めてからリアが回復していく様子を見た母は、魔法使いに感謝し、毎日北の方角に祈りを捧げるようになった。祈りを捧げる対象は言うまでもない。
そんな中、息子が魔法使いの元で住み込みで働き、恩を返したいと言い出したのだ。中途半端な状態で送り出せないと言い出し、修行の日々が始まるのも当然の流れだったと言える。
母の本気具合は本物だった。あの頃から母の活気も戻ったように思う…
修行の日々を思い出し、少し遠くを見つめてしまう。そこにかった声にハッとする。
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
「兄さん!頑張ってね!」
2人揃って玄関まで見送りに来てくれる。そんな2人に笑顔を返す。
「行ってきます!!」
4年前に家を出る時には夢でしかなかった光景だ。夢が現実になった幸せを噛み締めながら、レノは駅に向かった。