魔法使いの店
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道の先には一般的な一軒家が佇んでいた。
店の看板が出ているわけでも、商品が並んでいる様子が見えるわけでもない。しかし、レノにはこの家こそが目的の場所だと妙な確信を持っていた。
それはとても感覚的なものではあるが、確かに来る道の途中で空気が変わったのを感じだのだ。
(半年間前の自分、安心しろ。魔法使いの店はあった!)
まだ助けてもらえると分かった訳ではないのに安堵から涙が出そうになるのをグッと堪える。ここからが本番だ。何か粗相があって追い出されましたでは済まない。意を決して玄関の扉をノックする。
「どうぞ」
中から聞こえた女性の声にビクッと体が震えたが、魔法使いを待たせる訳にはいかないため急いで扉を開ける。
「お邪魔します…」
重厚感のある玄関の扉を開けるとそこはちゃんとお店だった。部屋の壁には棚が並んでおり、見たこともない道具が置かれている。不思議なことにどの道具も僅かに輝いている様に見えた。
(これが魔法が込められた物…)
そして一際輝いて見えるのが奥のカウンターに座っている人形である。同じ歳くらいの女性を模っており、大きさも等身大ほどある。
大きさよりも目を惹くのはその髪と目の色である。この国の一般的な髪色は茶や金、目も茶や青といった色ばかりで、レノも茶色の髪に薄い青色の目だ。
しかし、この人形は髪も目も深い黒色をしており、こんな人は見たことがない。長い黒髪は店内の光を反射しキラキラと輝いている。顔の作りも精巧で、人が「美しい」と思う人の顔を体現した様だった。
「いらっしゃいませ。ご用意は何かしら?」
「しゃべっ…!?」
凝視していた人形の口から声が発せられる。驚きのあまり固まったレノを見て、人形だと思っていた彼女はコロコロと鈴の様な声で笑う。
「もちろん喋るわ。この店に店主だもの。接客をしなくてはでしょ?さあ、こちらに来てご用意を聴かせてちょうだい?」
そう言いなが手招きをされる。
(想像と、違う……!!)
老齢の魔法使いを想像していたレノにとって、同じ歳くらいの絶世の美女を相手に話す想定はなく、そんな覚悟はどこにも存在しなかった。
手招きされるままカウンターに近づく。きっと手と足が同じ動きになってしまっているが、歩き方を意識できる余裕は無い。
「は、初めてまして。レノと言います!貴女が魔法使い様ですか?」
「ご丁寧にありがとう。そう、私が魔法使いと呼ばれている者よ。」
(ひえぇ、綺麗ぃぃ…!)
無駄に名前まで名乗ってしまったレノに対して魔法使いは終始笑顔で対応してくれる。その微笑みに混乱していた頭は一周回り、余計な方向へ考えを巡らせる様になった。
(お若い魔法使い様なんだ。お店を出して間もないから噂がまだ広がっていないんだ。人気になる前に来れてよかった!)
混乱していた頭が1つの結論に辿り着く。自分なりの結論が出ると冷静に慣れた様な気がした。
「今日は妹を助けていただきたくて、伺いました」
「そう、妹さんが大変なのね。どういった状態かしら?」
「病を患って、床に伏せっています…」
「それは可哀想に…症状が出てからどのくらい経つのかしら?」
「…今の症状が出てからは5年ほどになります。元々体も強い方ではなく…診ていただいているお医者様からは持ってあと1年と…」
サラサラと魔法使いは聞いた内容を手元の紙にメモを残しながら話を進める。
「病が進行しているのね。症状はどういったものかしら?」
「熱、咳、時には血を吐くこともあります」
「血を吐くの…それは本人も診ている家族も辛いでしょう」
「っ………!!」
声にならなかった。母と2人で妹の症状に一喜一憂してきた日々が瞬間的に脳裏を駆ける。
「これでよし、あとは妹さんを診てみるしかないわね。貴方、手を貸してくれるかしら?」
「はい、いくらでも!!」
食い気味の返事となってしまったレノの言葉にまた魔法使いはコロコロと笑う。
「ありがとう。ではココに手を置いてちょうだい」
魔法使いがカウンターの下から直径30センチほどの卓上鏡を出してくる。こんな細い腕で持ち上げてもいいのか……ではなく、店内に並ぶ道具と同じく鏡も輝いている様に見える。きっと「同じ」なのだろう。そんな鏡の台座の部分に手を置く様に促される。
(本当に「手」を貸すのか…)
などと取り止めもないことを考えながら言われた通りに手を置く。
「それでは妹さんのことを考えて欲しいの。今何しているかなって」
(考える。今、リアは何をしているだろう?ベットに居ることは確かだろう。ちゃんと寝れているだろうか?咳き込むと寝ることすら難しい様子だから……)
「繋がったわね」
「え……?」
止まらなくなりそうな思考を止めたのは魔法使いの声と目に入った鏡に映る光景だった。
「リア?」
「今は眠っている見たいね。貴方はそのまま手を置いておいてちょうだい。状態を診ていくわ。」
鏡に映るのはベットで眠るリアの姿だった。布団の胸の辺りが小さく上下している事と魔法使いの言葉から「今」のリアが映っているのだろう。衝撃的な映像だが同時に寝れている様で安堵した。
魔法使いは鏡の上からリアを優しく撫でるようにてを動かしている。これが「診る」という事なのだろう。その様子を黙って見つめた。
「よし、分かったわ。もう手を退けて大丈夫よ。協力ありがとう」
程なくしてそう声を掛けられた。
言われるがままレノは手を戻すと魔法使いが卓上鏡をカウンターの下に仕舞う。
「これから私は妹さんのお薬を作ってくるわ。1時間ほど時間をもわうわね。軽食を用意したから食べて待っていて。お店の中を見ていてもらっても構わないわ。楽にしていてちょうだい」
店内にはいつの間にかソファーとデーブルが現れており、テーブルの上にはサンドイッチやケーキ、ティーカップにティーポットまで揃えられている。
空腹のところへ美味しそうな食べ物が目に入り、一瞬釘付けになってしまった。その間に魔法使いはカウンターの後ろにあった扉の向こうに行ってしまう。
(しまった、お願いしますも何も言っていないっ!)
自分の働いた無礼に焦りながらもカウンターの後ろの扉を開けて声をかけてる勇気はなく、大人しくソファーの方に向かうしかなかった。