汽車に乗る理由
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万能の魔法使い。
国の北の端、この汽車の終着駅となるノブルという街には魔法使いが住んでいるという。
何でもその魔法使いは、魔法が込められた物を売っているそうだ。そこで売られている物には人の技術を超えた効果を秘めており、手にすれば望みが叶うんだとか。だから「万能」の魔法使いと呼ばれているらしい。
(安直なネーミングセンス…)
だが、自分もその「万能」に縋る1人何だとレノは自虐的な気持ちになる。
この噂を聞いたのが半年前、本当に風にのって偶然耳に入ってきたのだ。耳にした瞬間、反射的に辺りを見渡したが、情報元は分からなかった。周りに聞いても首を傾げられるばかり、それ以上の話はない。
子供が創作した物語だろう。そもそも本当ならもっと噂や伝説になってもいいはずだが、魔法使いが実在するというような話すら、初めて聞いたのだ。
何時もなら直ぐに忘れるような与太話。だがなぜかこの噂を無視できなかった。魔法使いが最後の希望だと思い、旅に出ることを決意したが、そこから半年間も経ってしまった。
貧しい中で暮らす自分達にとっては往復の汽車代を捻出するのも苦労したし、家族の説得も大変だった。今1人になって思い返すとこの半年間、何かに取り憑かれたようだったと思う。家族の心配も当然と言える。
レノは隣に座った男性の顔越しに窓の外をチラッとみた。流れていく景色は生まれ育った景色と違ったが、のどかな風景だった。たまに覗き見る外の景色が見慣れないものに変わっていくのにつれ、心の中は不安と後悔の占める割合が増えていくのが分かった。
(家族とこんなに離れるのは初めてだ…)
家を出る前、心配そうに自分を見る母と妹の顔が浮かぶ。
レノは今年で16歳になった。16歳になるとこの国では成人と認められる。仕事の幅広がるため他の町に稼ぎにいく者も多い。
しかし、レノはそうしなかった。それはずっと病に伏せっている妹と、父が死んでから1人で自分たち兄妹を育てるために身体を酷使してきた母の存在があったからだ。妹と薬を買うためにはお金が必要だが、稼ぎがいいからと母と妹の2人だけを残し家を出ることを躊躇った。
日に日に弱って行く妹のリアは、医者から持ってあと1年と言われている。魔法使いに会いたいのはそんな妹を治してもらうためだ。
(2人共どうしているだろうか。出てくる時はリアの症状も落ち着いていたが急に悪化していたらどうしよう…あぁ、リアの病が治ったら3人で汽車に乗って旅行に行きたい。でももし魔法使いの噂が嘘だったら…)
往復分の汽車代と旅の間に稼げたかもしれない賃金、そして考えないようにしていてもずっと頭の片隅にある1年後を思うと身震いがする。
家を出る前に母から指輪を預かった。それを無くさないように紐を通し首からかけ、盗まれないように服の下にしまっている。レノはその指輪を服の上から握りしめた。
もう祈ることしかできることはなかった。