【一話完結】ていむの魔法
あたし、道引 帝夢11才!
今年の春、魔法少女学校を卒業し、魔法少女になりました! 毎日毎夜、怪物退治! 駆ける戦場、正義の執行! 魔法少女は町の味方です!
今日はなんと、あたしの魔法少女デビュー0.5周年! 記念すべき日ですが、今日はちょっと大変そう……怪物がたくさん襲ってくる日だそうです。
でもあたし、決して負けません! 怪物の百匹や二百匹、瞬殺です! 魔法少女は最強です! ……だけど、きっと今日の怪物は予想より多いと思います。情報よりもずっと多い。もしかすると、魔法少女史上最大の戦いになるかもしれません。協会が出してくる情報って、意外とあてにならないんですよね……今日に至っては、かなりの大誤算ではないでしょうか。だって……
「行きなさい。あたしのかわいい子供たち」
あたしが怪物を呼んだから。
最初のディセンター出現から、わずか2分。都は悲鳴に包まれた。それはそうだ。本来ならディセンターが現れる頃には魔法少女が現地に到着し、一般人が襲われる前に討伐するはずだから。ディセンターが多数でも同じ。それだけ大勢の魔法少女が派遣される。
ディセンター、いわゆる怪物。モンスター。通称・人類の敵。魔法少女の討伐対象。彼らはいつも、空に開いた大穴から降ってくる。ゆえにディセンター。降下する者。彼らは毎夜のように現れ、空を自由に飛び回り、人間を殲滅しようとする。これを倒すのが魔法少女の役目。
「ふふん。ちょーっと人数が足りなかったね~」
地面から離れ遥か上空。スーパーで買った胡麻団子をぱくつきながら惨状を見下ろす。あちこちから悲鳴、悲鳴、悲鳴。仕事帰りのサラリーマン、夜通し遊ぶウェーイな若者、団欒する家族、その他諸々分け隔てなく餌食。眠らない町ゆえ獲物も多い。
あたし以外の魔法少女は奮戦している。さすがにディセンターの一匹や二匹に手こずる魔法少女じゃない。数が多すぎて捌ききれないだけ。この数では仮にあたしが加勢しても、一般人への被害をゼロにすることはできないだろう。多すぎる。
協会の情報を遥かに上回る数。今頃、下にいる魔法少女たちは騒いでいるだろう。数が多すぎるとか、協会は何を見てたのとか。でも、協会を責めないであげて。情報は正しかった。直前までは。そこから増えただけのこと。
「増援はいつになったら来るかなあ。ねえ?」
あたしを肩に乗せてくれている子の頭を撫でる。返事とか何も返ってこないけど。
今いる魔法少女の誰かが、増援の要請をしていることだろう。いやそれ以前に、出現の段階で予定と違うことは把握できたはず。到着までさほどかからない。
空の大穴……ディセントホール。長いからホールと呼ばれるあれはここ、都の空に開く。だから協会も都にある。日本魔法少女協会。有事のため待機している魔法少女がいるはずだから、すぐに来れるはずなんだけど。あるいはもう来ているのかもしれない。予備戦力でも足りていない可能性があるか。今頃は電話とかで呼びまくってるかも。
「ん? ああ、キミも行きたい? いいよ、遊んでおいで」
座る場所として借りていた子が降りたそうにしていたので送り出す。あたしも自力で浮けるので問題なし。
この混乱。協会は原因の特定を進めているはず。見つけられるだろうか、あたしの存在を。人型だが異形で真っ黒で身長二メートル以上あるディセンターならともかく、空にいる小さなあたしを視認するのは難しいんじゃないだろうか。スマホのGPSでバレるかな。
増援どころか、地上はますます盛り上がっている。ディセンターはどんどん出てくる。地上に降り立ち、その腕で人間の体を切り裂く。いくら鍛えていようが、魔法少女ではない一般人は容易に切り裂かれる。銃は効かない。効くのは魔法少女の魔法だけ。
その戦闘スタイルのため、見栄えはとてもいい。そこらじゅうに血が飛び散る。それを見ながら食べる胡麻団子、美味しい。月見団子ならぬ死地見団子。
「——ふも?」
最後の一個を口に運んだところで、魔法が飛んできた。こちらも左手で魔法を使い、防ぐ。
魔法には二種類ある。攻撃魔法の『フレア』と、防御魔法の『バリア』。シンプルにこれだけ。普通は。フレアで攻撃されたのでバリアで守った、というのが今の状況。
「いきなり攻撃だなんて、ご挨拶ねえ」
人生で一度は言ってみたいセリフ。実績解除。
「おかげで胡麻団子のパック落としちゃったじゃない、先輩」
先輩かどうかは知らないが、明らかにあたしより年上なので先輩だろう。
魔法少女は仕事ではない。社会に出て働くようになる頃には引退となる。あたしを攻撃し、すぐ近くまで飛んできたのはもうかなり大人な人。高校生かな。
「道引帝夢ね? あなた、どういうつもり? 町が襲われてるのが見えないの?」
気の強そうな目をしたお姉さんが凄んでいる。見えてるに決まってるでしょ。見てたんだから。
「先輩こそ、見えない? 魔法少女同士で争ってる場合じゃないよ」
こんな愛らしい見た目をしたディセンターがいるわけがない。魔法少女が倒すべき相手はもっと下とか上にいる。
「あなたはここで何をしてるの、と聞いているのよ。戦うでもなく、襲われているわけでもない。どういうこと?」
そんなの、聞く前に自分で考えればいいのに。ていうか、いきなり攻撃してきたんだからわかってるでしょうに。
まあ、そろそろ他の魔法少女も集まってくるかな。始めちゃおうか。
「知りたいなら教えてあげる。こういうことだよ」
「なっ——!?」
フレアを放つ。先輩に直撃し、爆発が起きる。避ける余裕はなかったか。
「……くっ……げほ……!」
なんとかバリアは展開したようだけど、ダメージは大きい。魔法に強い耐性を持つはずの魔法少女の衣装がボロボロになっている。肩やお腹が見えてセクシー。本人はそれどころじゃないだろうけど。あの様子だと、もう一回やれば死ぬ。
あたしのことをなめていたのか、備えていたけど防ぎきれなかったのか。いずれにせよ絶体絶命。
「先輩はどういう流れでここに来たの? 初動にいた? それとも協会からの増援?」
まだ暇だし、確認しておこう。返答によっては協会の動きが読めるかもしれない。まあ、あたしの名前を知っている時点で協会の差し金っぽいけど。
「……協会よ。すぐに次の戦力が来る。わかったらおとなしく——」
「あー、ダメダメ」
駄目も駄目駄目、駄目すぎて駄目。こんな人じゃお話にならない。
「あたし、そういう命乞いは嫌いなの」
「っ! や、やめ——」
二発目のフレア。今度のは防がれることもなく、ビームとなった魔法が先輩の全身を飲み込んだ。跡形もないとはこのこと。髪の毛一本残らず消し飛んだ。
あたしよりずっと年上の魔法少女でも、こんなものか。キャッキャウフフのなかよしこよし連中はやはりぬるい。一人でやるつもりならもう少し楽しませてほしかった。まあ、多少の時間稼ぎにはなったのかな。
「そこまでよ。観念なさい、道引」
その証拠に、こうして囲まれている。あたしってば有名人ね。みんなに名前を呼ばれる。
魔法少女がずらり、ざっと十人。それはいいとして、観念? 観念って言った?
「何を観念するの?」
十人いるからなんだと言うのか。こっちはいくらでも呼べる。あたしが呼べば、降りてきてくれる。
「ディセンター……!? なんて数なの……!」
集ってきた先輩たちが揃って身構える。あたしを守るように展開した子供たち。数の上ではすでに有利。魔法少女はまだ増えるかもしれないが、こっちも増やせばいいだけのこと。数ならば絶対的にこちらが勝つ。なにせ、ホールから無尽蔵に出てくるのだから。
「道引帝夢……あなた、いったい何をしたの? 魔法少女が、何をしているの!?」
「魔法少女は関係ないでしょ」
魔法少女だからといって、ディセンターと戦うとは限らない。それは国や協会や学校が決めたことであって、あたしがどうするかは別の話。
「魔法は、普通の人間は持っていない強力な武器。町を壊してみたいとか、人を殺してみたいと思うのが人のサガでしょ? こういうことの対策をしていない協会に問題があるんじゃない?」
魔法少女であればディセンターを倒せる。そんな力を持つ魔法少女が反旗を翻すとどうなるか。わからないはずはない。そしてそれは十分に起こり得る。魔法少女だって人間なのだから。
「何を馬鹿なこと……魔法少女が、人を殺す? ふざけるのも大概にしなさい!」
別にふざけてないけど。このために真面目に魔法少女学校に通って勉強したんだもの。その結果首席で卒業したのだから、怒られるよりも褒められるべきだわ。
あたしの理想に激昂する一人を片手で制し、真面目そうな黒髪の先輩が口を開いた。
「……では、質問に戻りましょう。あなたは、何をしたのですか? ディセンターがあなたを守っているのは、どういうことです?」
よくぞ聞いてくれました。これでようやく本題に入れるわね。
「あたしの魔法よ。人類の敵をかわいいペットにする魔法」
「魔法……? フレアやバリアでこんなことできるはずが……」
「できるわけないじゃん。だから新しく作ったの」
本邦初公開。これぞあたしの新作魔法。その名も『テイム』。文字通り、手懐ける魔法。同時にあたしの名前を冠している、完全オリジナル。すごくない?
「魔法を作る……!? そんなことが……」
できるんだなあこれが。あたしにかかれば。誰にもできない……というより、誰もやらない。魔法少女の使命にばかり目が行き、新しい魔法を作ろうというクリエイティブ精神がない。ディセンターを倒すことしか考えていない。だからこうして甚大な被害を受ける。たった一匹の外来種が生態系を壊すように。
「何かを成したいという信念と情熱。そして相応の頭脳。それがあればこんなこともできちゃう。先輩たちも、今後の参考にしてね」
きっと、この状況を打開する策に繋がるはず。あたしさえ止めればテイムは止まる。ま、その後どうなるかなんて知らないけどね。死んだことないし。
「あたしが命令すれば、この子たちが一斉に襲い掛かる。止めることもできるよ? ホールに戻すことだってできる。先輩たちも、戻って作戦会議してもいいよ。それともこのまま戦う? その場合はあたしも参戦するけど」
ここにいる先輩たちだけであたしに対抗できるだろうか。この子たちがいなくても倒せそうなんだけど。学校にいた人たちはぬるいなーと思ってたけど、先輩も似たようなものだった。あたしより何年も長く魔法少女やってるのに、ほぼ一撃だったしね。
「……あなたは、何が狙いなのですか? 道引さん」
黒髪の先輩がまた質問してきた。なんだか本物の悪役になったみたいで気持ちがいい。
「さっきも言ったけど、壊したり殺したりしたいからだよ。あとは、そうだなあ……ほら、魔法少女って、世間から色々悪く言われるじゃない?」
何も知らない世間は、魔法少女に好き勝手言う。人殺しの力だとか、いつその力が人に向くかわからないとか、魔法少女が魔法を使った影響で病気になって死んだとか。安全なところで守られているだけの人たちが言う。
「その中に、怪物……ディセンターだって生き物だ、一つの命だ、戦争ではなく対話で解決しろ、って言ってる人もいて。それで思いついたの。本当に仲良くできるんじゃないか、って」
きっかけをくれたことには感謝しなくもない。テレビでああいうくだらない話を目にしなければ、あたしもこんなことをしなかったかもしれない。
「ま、仲良くしたところで『人類の敵』じゃなくなるわけがないけどね~。あたしのペットとして、兵士として戦うだけ」
人間……この場合はあたしが歩み寄ったところで、この子たちが人間を認めるわけじゃない。認めるとしてもあたしのことだけ。仲良くしなさいと命令して、できるわけがない。
「要は、知らしめてあげようと思ったの。そんなのいらないって。実際にやったらこうなるんだぞって。だってあまりにも——」
フレアを放つ。先輩たちの頭の上を通過し、遠く離れた空で爆発を起こした。
「……あまりにも五月蠅いんだもの。テレビも、インターネットも、現実も」
放っておけばディセンターに刻まれるだけ。いざとなったら魔法少女に助けを求めるくせに。自分たちは何もしないくせに。
「今、何をしたんですか……!?」
うるさいなあ。報道ヘリを撃墜しただけよ。そんなこともわからないのなら、争ったって無駄じゃない?
「そんなことより。どうするの? 戦うの?」
こっちはいつだって始められる。みんな暴れたくてうずうずしているだろう。早くどっちか決めてもらわないと。
「退くと言えば、素直に退かせてくれるのですか?」
「うん、いいよ? その後の対処はそっちが考えることだし。好きにすれば?」
逃げるなら、この辺りは焼け野原になるかもね。
「では、最後に一つお聞きします。あなたの、ディセンターを手懐ける魔法……それは、どういった規模の魔法ですか?」
規模、ときたか。そんなことを聞いてどうするんだろう。それくらいは教えてあげるけど。
「ホールから出てくるみんなが対象よ。あるいは、あたしが呼び寄せることもできる」
テイムは罠のようなもの。ホールから出るだけで罠にかかり、あたしの支配下。あたしが直々に呼んだ子ももちろん同じ。実質、ディセンターみんながあたしの兵士になる。
読んで字のごとく、テイム。兵を率いる王のように、帝のように。降下する怪物を従える。それがあたしの魔法。
「そんな大規模なものを準備する時間が……?」
「あったでしょ? 半年も」
準備する時間なんていくらでもあった。実験も含めて。あたしが担当の日にコツコツやっていたから。
「半年……? まさか、魔法少女になった時から……!?」
「そうだけど?」
だって、半分くらいはそのために魔法少女になったんだし。
「……そうですか」
黒髪の先輩は深刻な顔で、肺の中の空気を吐き捨てるように言った。
「みなさん、退きましょう。ディセンターの討伐を優先します」
へえ、冷静ね。その人数だし、やり合うかと思ったけど。もっと増援を送ってから、ってところかしら。
「彼女のことは、協会が改めて隊を編成することになるでしょう。今は一般人の安全確保が先です」
なるほど。先に町のほうをね。魔法少女を大量に動員すれば、ディセンターを倒すことはできる。あたしを倒すのはきちんと討伐隊を組むと。悪くないかもしれない。
「行きましょう」
黒髪の先輩の指示に、周りにいる魔法少女たちがうなずく。あの人がリーダーなのね。信頼もされているみたい。
「ちょっと待って、先輩。もう一つ教えてあげる」
そのリーダーシップと冷静な判断を称え、教えてあげよう。
「あたしがやってるこれもそうだけど、大規模な魔法には準備が必要なの」
「……ええ。さっきも聞きました」
そうよね。これはフレアもバリアもそう。規模を大きくすることもできるけど、大きさに比例して時間がかかる。
「でも、その時間も技術で短縮できる。一時間かかるものを三十分で、とかね」
魔法はみんな同じってわけじゃない。使用者の技術によって強さが変わる。フレアは威力が上がったり、バリアは固くなったり。更に、時間も技術で変わる。同じ威力のフレアでも、数秒かかる人と一瞬で打てる人がいる。
「大規模な魔法を使うために、時間稼ぎをする。大量のディセンターを一気に消し飛ばす時に、そういう作戦を使う」
「そうですね。それが?」
ディセンターは戦闘能力は高いけど、知能はそれほどでもない。ちょっと賢い獣程度。一般人がいない上空に誘導して時間を稼ぎ、一網打尽にする。そういうこともある。
「ディセンター相手ならそれでいい。魔法少女の場合は話が変わってくる」
「……何が、言いたいんですか?」
あら、ピンと来ない? 少し考えたらわかりそうなものだけど。それなら、教えてあげよう。
「時間稼ぎ、ご苦労様」
「なっ——!?」
あたしを囲っている魔法少女たち。その一人ひとりの足元が光り、フレアが天に向かって発射される。
「……へ~え? やるじゃん」
他は全員、消し炭になった。生き残ったのは一人だけ。さっき話していた黒髪の人だ。魔法少女とはいえ、生身で防げる威力じゃない。バリアが間に合ったみたいね。迅速な発動。あの人はかなりできるみたい。
「ぐ……っ……!」
とはいえ、もう戦える状態じゃない。両腕がだらんと下がり、全身から力が抜けている。空に浮いているのがやっとだろう。地面に足をつけたら倒れてしまいそう。
「協会が人を集められるように時間を稼いでたよね? その時間って、あたしのものでもあるんだよね」
相手が時間を稼いだ分、こっちも時間をもらってる。喋っている間に準備をしていた。ここにいる全員を殺すフレアを。
「先に逝って見てるといいよ。ここが……いずれは世界が終わる様をね」
ここから始まる世界滅亡。残念ながら、先輩のぶんのチケットはないけど。
「く……こんなこと……協会が、黙っていませんよ……!」
「知ってるよ。だから協会ごと潰すんだもん」
こんなお遊びで終わる計画じゃない。協会ですら、足掛かりにすぎない。
「じゃあね、先輩。最後に、あと一つだけ」
黒髪の先輩の胸に指を向ける。
「胡麻団子のパック、捨てといて」
フレアが心臓を貫く。生命を失った先輩の体が重力で落下していった。
「さて、と。みんな、もういいよ。いっておいで」
先輩が地面まで落ちるのを見送ってから、子供たちに命令を出す。みんな、弾けるように飛び出していった。やっぱり暴れたくてしょうがなかったみたい。かわいそうなことをしてしまった。
それも終わった。みんな自由に動ける。あたしの指揮下で自由に。
ここから始まる。ディセンターによる蹂躙。世界の粛清が。
「ふふ……」
いい眺めだ。空には大きく開いた穴。降下する者全てあたしの兵士。地上にはまだまだたくさんの人間。全てこの子たちの獲物。
「始めよっか。世界の終わりを」
帝夢の魔法で。
完