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ご。王都帰還してみれば!…へぇ?(怒)

 


 回帰するまえと違うことを、わたくしはしました。

 カレイジャス公爵家の領地邸宅に六ヶ月ほど滞在していたのが、前回。

 今回は一ヶ月ほどで早々に帰還しました。わたくしだけ。騎馬で。単身。たった一日の行程という強行軍で。


 本来ならば、領地内の主要都市に寄り道しながら一週間から十日ほどかけてゆっくり移動するのが正しい姿です。公爵夫人の移動ですからね。領地内でお金を落とし経済を回したり、土地の人々と交流し民の声を拾い上げるのが本来の役割なのです。

 でもそれら『公爵夫人の役割』をせず最短ルートを選択すれば、一日で移動できるのも確かです。(急ぎの伝令とか、そうやって行き来してます)


 何度も言いますが、本来の公爵夫人なら絶対しないことを、騎馬で単身領地から王都邸宅へ戻るなどという暴挙を、わたくしは成し遂げました!


 着きました。着きましたよ!


 ちょっとだけですが、やりきったぁ……という感慨深い思いがありますわ。

 わたくしが帰還するという先触れの使者に、公爵家の正門前で追いつきましてよ! ふふっ。


 やればわたくしにもできるものなのですね! 


 当初想定したように、夕暮れ時の到着です。落馬もせずにやり遂げましたよ!(というか、わたくし乗馬は得意なのです。ちゃんとした姿勢で乗るのならば)

 超早朝に出立したせいか、ちょっとだけ寝不足ですけど! 馬替えだけでほぼ休憩なしのため、疲労困憊は否めませんけど!

 やり遂げた感のおかげか、高笑いまでしそうな高揚感を覚えますわ!


 ……あらいやだ。寝不足のせいかどこかハイテンションですわね、わたくしったら。恥ずかしいこと。


 内心のハイテンションを隠しつつ正面玄関まで馬首を巡らせれば、待ち人来たらずといった風情で黒塗りの箱馬車がそこにいました。


 この箱馬車は……!


 カレイジャス公爵家の家紋が入っていません。

 けれど、確かに公爵家所有の馬車です。

 ちょっと見には、裕福な平民が使用するグレードのこの馬車は、公爵家の使用人がお使いに出るときの足代わりに使用するか、旦那さまがお忍びで行動するときのものです。


 そうです。


 ()()高級娼館へ足を運ぶときは、いつもこの馬車が使われていました。

 これから、旦那さまは行くのですね! そのために待機しているのですね!


 あぁ! 思い出してしまいましたわ!


 むくむくと沸き起こる感情に名前をつけるとしたら『怒り』でしょうか。

 わたくしの朴念仁の旦那さま、ジュリアン・カレイジャス公爵閣下は元老院議員に名を連ねています。同時に外務大臣職にも就いています。


 外務大臣というお仕事上、ご自分の支配下にいるスパイから直接の報告を受けるとき(滅多にないそうですが)とか、他国の外交官との密談や秘密裏に納めたい後ろ暗い案件などを相談する場として高級娼館を利用しているのだと、昔、お義母さまから説明を受けていました。お義父さまも外務大臣としてお忙しかったから、そこをご利用なさっていたのだとか。


『ご利用』。


 怪しいですわよね、限りなく。

 三十三歳の健康な男性が出入りしたとして、それが本当の利用目的をカモフラージュするためだとしても……うつくしい女性や妖艶な女性、性技に長けた女性に微笑まれて、クラっとしない殿方はいないのではありません? そんな女性たちに囲まれ誘われたら、ついついその気になってしまうのが男性のサガなのではありません?

 もしかしたら、“外務省のお仕事”のほうがカモフラージュになっているのでは? それを口実に堂々と浮気しているに違いありませんわ!


 えぇ、わたくし“前回の所業”を覚えていますもの。

 そう、ちょうどこの時期でしたわ。

 六ヶ月間、領地の本邸宅で静養したあとのことです。

 こちらに帰還し、溜めに溜めてしまったお仕事を片付けようと公爵家の収支決算をしていたとき。

 高級娼館からの請求書を見つけてしまったのです。


 外務省のお仕事として娼館を利用しているのなら、公費として処理され公爵家に来るはずのない請求書。当然、結婚してから今までお目にかかったことなどありません。

 それが我が公爵家に、わたくしの眼前にあるという事実。

 あれは決定的でしたわね。

 はっきりとした不貞の証。カレイジャス公爵閣下の私用だったに違いありません。わたくしの側で領収書などをまとめていた家令が、手を止めたわたくしに気がつきました。顔色を変え息を呑んだ彼に罪はありません。ただわたくしが、彼の態度により確信を深めてしまった、というだけの話です。息子たちを生んで以来、わたくしたち夫婦の間に閨の時間が皆無という事実とともに。




「奥さま? いかがなさいましたか?」


 馬から降りたあと、玄関前に待機する黒塗りの箱馬車を睨みつけるわたくしにこわごわと話しかけたのは、今までわたくしの護衛として同行してくれた騎士のひとり。

 カレイジャス公爵家の専属騎士団の有能な騎士です。

 ずっとわたくしの体調を気遣ってくれたとてもいい子。十八歳だと言ってたから、思わず息子と同じ年ねと言いそうになりました。今生での息子たちはまだ七歳だというのに。気を抜いたらだめですね。


 他の騎士たちも含め、伝令まがいの強行に、よくぞ従ってくれたものです。彼らにもお礼をしなければなりません。


「もし歩けないようでしたら……僭越ながら自分が抱き上げてお運び申しあげますが」


 あぁ、わたくしの体力的な面を心配してくれているのね。

 そうね。地面に降り立ってよりいっそう実感したけれど、お尻も痛いし股関節も痛いし内腿の筋肉も悲鳴をあげているわ。へとへとよ。


「だいじょうぶ。問題ないわ」


 条件反射のごとく【公爵夫人】としてのわたくしが返答します。騎士だって疲れているのです。そこまで面倒かけるのは、(はばか)られます。


 慌てて飛びだしてきた馬丁(ばてい)に手綱を渡しながら……わたくし、どんな顔をしているのかしら。

 ちゃんと笑顔を保っているのかしら。

 貴族女性として、あるいはカレイジャス公爵夫人として平静を保っているのかしら。

 身体の疲れよりも、いま現在感じている憤りのほうに眩暈がしそうなのだけど!



「奥さまっ⁈ いつお戻りに?」


 正面玄関のおおきなドアが開かれたと思うと、中から現れた使用人たちが公爵夫人(わたくし)の存在に騒然となりました。

 しかたないですね。公爵夫人帰還の報を告げるはずの先触れを、正門の辺りで抜いてしまいましたもの。彼らにとってわたくしが今いるという現状は寝耳に水。あるまじき事態。

 家令のポールが慌てたようすでわたくしの元に駆け寄ってきます。


「え? 乗馬服……ということは騎馬だったのですか? お子さまたちは? 騎士たちだけが随行? いったいどうなさったのですか⁈」


 いつもは穏やかで冷静沈着なポールの、こんなに焦って慌てている顔は初めて見ましたわね。侍女すら帯同せず、身ひとつで現れた公爵夫人に驚くのもむりはありません。


「ポール? なんの騒ぎだ?」


 そんな慌てふためく家令の背後から話しかけたのは――。






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