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十さん。お飾りの妻の内情

 


 我がカレイジャス公爵家の家紋入り封筒にわたくしのよく使う花の透かし彫りの便せん。開けばふわりと花の香りがするの。筆跡はまちがいなくわたくしで、文章もわたくしの書いたもの。文末にはわたくしの署名入り。

 先日わたくしが書いた娼館訪問を請うお手紙にまちがいありませんわ。

 マダムったら。ほんとうにそのまま旦那さまへ送ったのね。


「あら旦那さま。これをどちらで入手なさいましたの?」


 そしらぬフリで尋ねれば


「花の楽園の使いの者が、送って寄越した。君は……その、あそこへ行ったのか?」


 というお応え。


「さあ? どうでしょう。わたくしがどこへ行こうとだれと会おうと、旦那さまのお仕事に支障をきたすことはありませんわ。わたくし、きちんと公爵夫人としての矜持は持っておりますし、人の道に外れた行為もしておりませんし」


 とはいえ。マダムフルールのおかげで回避しましたが、一歩間違えばスキャンダルでしたわね。高級娼館の正面玄関から入館する公爵夫人……なんて姿をだれかに見られたら、ねえ?


 わたくしの内心を知ってか知らずか、旦那さまがなにやら言い訳(?)を始めましたよ。


「その、ポールから聞いたのだが……きみが誤解をしているらしいと」


 誤解。

 うーん。どうしましょう。今現在ではたしかに誤解なのですよね。

 マダムから『カタブツ』というお墨付きがあるし、請求書という物的証拠もありません。

 ――近い未来、誤解ではなく『確定』になるかも、というだけであって時間の問題なんじゃないかしら。


 どうしましょう。

 ま、いいわ。

 物的証拠はないけれど、状況証拠だけで充分ですもの。


「でも閣下。閣下はまだまだ健康で働き盛りの三十三歳でいらっしゃいますでしょう? そんな閣下が娼館に赴いてなにごともないだなんて、とても信じられませんわ。うつくしい『おひめさま』たちに迫られたりお側近くに侍られたり、ときにはお膝に乗られたりしているのではありませんの?」


「――」


 あらやだ。ぐぬぬって顔なさって。

 当たらずとも遠からずってところかしらね。お膝に乗せたの?


「旦那さま。沈黙は肯定とみなしますわよ?」


「~~だがっ! そこらへんにいるだけだ! あの場は仕方なく出向いているだけで私は不貞などしていない! どうしてそんな疑いを持たれなければならないんだ?!」


 そこらへんにいるって……高級娼館へ赴いて娼婦たちをそういう認識で見ているのかしら。カタブツは伊達ではありませんのね。

 って、ちがうわ。


「どうしてそんな疑いを持たれなければならないのかというお問い合わせですが、致し方ないと思っておりますわ。だって旦那さまはわたくしをお飾りの妻扱いしているではありませんか」


「お飾りの妻? それがそもそも分からないっ。君のどこがお飾りだと言うんだ?」


「あぁ、言い方が悪かったかしら。旦那さまはわたくしを愛していないから、というのが正しかったですわね」


「愛していない、だと……?」


「だってそうでしょう? わたくし、旦那さまの愛とやらを微塵も感じない生活を続けてきましたわ。

 目も合わせてくれないし、愛のことばも囁いてくれない。必要な夜会があればいっしょに出向くけれど、そのときにどれだけ着飾ろうと誉めことばはおろかダメだしもしてくれない。

 馬車の中ではふたりきり。けれど、私語はいっさい無し。

 夜会会場で一緒に挨拶まわりはしてもダンスはしない。旦那さまはすぐにわたくしから離れて殿方同士のお仕事のお話をしに行ってしまうでしょう? 

 わたくしはわたくしでご夫人たちとの社交がありますけど、夫とのファーストダンスをしないままわたくしだけ踊ったりしたら、奔放な女性扱いされてしまうでしょう?

 だから、わたくしはここ二十……いえ、十年、だれとも踊っていませんわね。

 そんな態度ですもの、旦那さまからの愛などどこにありますの?

 婚約者時代ならばね? お花やお菓子やアクセサリー類の贈り物とかね? えぇ、いろいろいただきましたけどね?

 結婚してからそれらいっさいございませんでしょ?

 一緒に観劇を楽しみに行ったことも結婚まえですわよね? 街の散策や庭園のお散歩。わたくしのドレス選び。ぜぇ〜んぶ、結婚してからしてくれたことありましたか?

 誕生日おめでとうというひとことさえ、ありませんのに?

 それになにより、こどもたちのことすら視野におさめてくださらない。わたくしの生んだお子は、あなたのお子ですのよ? 可愛いとはお思いになりませんの? おことばひとつかける時間もございませんの? 冷たくはありませんか?」


 旦那さまってば、黙ってしまいましたね。

 子どもたちとの時間は、わたくしのそれよりさらにありませんものね。


 わたくしと旦那さまとの間に『夫婦』としての時間こそありませんが、『公爵閣下と公爵夫人』としての時間はそれなりにございますの。お仕事を介しての、ね。

 でも『公爵閣下と子どもたち』との時間はほぼほぼありませんわ。


 しばらく言い淀んでいた旦那さまが、おそるおそるといった体でわたくしを見上げて言いました。


「子どもたちに、ことばをかけても……いいのか?」


「はい?」


 なにを言っているのこの人。

 わたくしがあまりにも怪訝な顔をしたせいかしら、旦那さまが続けておっしゃいます。


「父親というものは、あまり子どもと関わらないものなのではないのか?」


「はい?」


「幼少時の私は、公の場以外で父上と私的な会話を交わした記憶が無いのだが……。あれはまちがっていたのだろうか?」


 と、とても意外そうに首を傾げていらっしゃる旦那さま。

 ちらりとポールのようすを窺えば、なんとも渋い表情を浮かべています。あぁそうだったなぁ……って思っていそう。


「旦那さまは、お義父さまと個人的な語らいの時間は持ちませんでしたの? おちいさいころ一緒に遊んだ思い出は?」


「遊んだ記憶?……ないな。皆無だ。だが望んだ物はすべて叶えて貰った。それでいいのではないか? こどものときはポールたちと過ごした記憶しかない。成長してからは……父上と仕事の引継ぎでなら、よく会話を交わしたが」


 こ、これは!

 ジュリアンさまがこども嫌いだとか関心がないというのではなく、公爵家のドライ過ぎる親子関係のせいでしたのね! 想像以上のドライさ!


 旦那さまとしては、ご自分が育った環境そのままをなぞってらしたのね。こどもたちへの無関心ぶりも、その素っ気ない対応も。

 幼児からおはようございますと声掛けしても、頷くくらいが関の山だったと!


 これは……お互いが持つ常識の違いのせいね。わたくしの育った実家のようすを引き合いに出し詰るのはフェアじゃありませんわ。よくよく話し合って決定しなければ。


「あの子たちを、可愛いと思ってます? ご自分の子だという自覚は?」


「それくらい、ある! ただ……ちいさい。ちいさすぎる……私が不用意に触れて良いものではないだろう」


「良いのです! あなたは父親なのだから!」


「そう、なのか?」


 旦那さまはちらりとポールを見やって……ポールが黙って頷いている状況を確かめると『そうか、そういうものなのか……』とぽつりと呟きました。


 なんなのかしらこの人。想像の斜め上をいくポンコツぶりだわ。



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