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57話 ウェズの実家にて

 長丁場の移動の末、王都を超えて海沿いへ出た。


(ここがウェズの実家……)


 海沿いは交易が盛んで領地経営も繁忙で難しいと聞く。それに加えて海賊の攻撃もあると思うと、ここをおさめられているウェズの兄は領地経営がうまくやれる人間なのだろう。

 ウェズの実家の屋敷に着くと出迎えてくれたのは女主人だった。


「トゥニチェ姉様」

「懐かしい呼び名ですね」


 思わず声に出してしまったのか、ウェズははっとしてすぐに改める。


「失礼を。ヴィアジスタニアボ子爵夫人」

「いいえ。ポインフォモルヴァチ公爵閣下、夫人。お会いできて光栄ですわ」


 彼女の名はトゥニチェ・ヴィアジスタニアボ子爵夫人。ウェズの兄の妻だった。


「あの人は寝ています。出迎えができず申し訳ございません」

「いいえ……その、兄に会っても?」

「ええ」


 そうして屋敷に迎え入れられた。

 トゥニチェ自ら案内してくれる。事情を知らないウツィアに彼女は軽く話をしてくれた。


「奥様、私は公爵閣下と私の夫とで昔馴染だったのですよ」

「そうなのですか」


 私にリストという幼馴染がいるように、三人もまた幼馴染だったというわけだ。


「こちらです」


 部屋に案内されると大きなベッドにやつれた男性が寝ていた。

 血は繋がっていないのにどこかウェズに似ている雰囲気を感じる。


「彼はずっと閣下のことを案じていました」

「私の?」

「ええ、戦争に出て行った時は安否確認なんて毎日毎秒な勢いでしたし、怪我を負った時は貴方をこの家から出したことを後悔してました。そんなつもりで出したんじゃないって」


 王族の血を継いだウェズの保護が目的だった。戻ってこられないように敢えて冷たく当たって。


「しかも私が結婚しようって言ってもずっと断ってきたんですよ。弟が幸せになってないのに自分が結婚なんてできないって」


 追い出したという印象が強かったけれど、ウェズのことを考えてという意味では良い兄のように感じた。

 もっとも、ウェズがそれをよしとするかが問題で、抱え込んで勝手に行動するという点では納得がいかないかもしれない。


「兄上……」

「大事には至っていません。この十五年は海賊との闘いの日々でした。一気に疲れが出ただけです」

「そう、ですか」

「あと、貴方が結婚したと言って肩の荷が下りたところもあったみたいでしたけど」

「え?」


 似た者兄弟だとウツィアは思った。

 相手のことを意識しすぎている。優しすぎて空回りしていて、互いに気を遣いすぎてすれ違った。ウェズがこの家を出てからの十五年はそういうことだろう。


「旦那様、きちんと話した方がいいです」

「ウツィア……」

「旦那様から聞いた話と違います。だから一度話して下さい。御義兄様が目覚めた時に」

「……兄上と」

「はい」


 うめき声が聞こえ、全員がベッドに視線を戻した。ウェズの兄・ポチヴャーチが起き、すぐにトゥニチェが支え起こす。


「兄上」

「……ああ、ウェズか。知らせるなと言ったのに」


 上半身起こしてベッドに寄りかかり、力なくウェズを見やる。


「しかし兄上、倒れたと」

「少し寝不足だっただけだ。帰っていい」

「兄上」

「あの」

「ウツィア?」


 ポチヴャーチが初めてウツィアを視界に捉えた。貴族の礼をし、静かに見つめる。


「私はポインフォモルヴァチ公爵の妻のウツィアです。その……もう全部分かっています」


 ぴくりとポチヴャーチの指先が震えた。


「ウェズの、妻」

「はい。夫も私も貴方の本意を分かっています。だから少し、夫と話をしてください」

「……」

「お願いします」


 浅く薄く息を吐く。口角が少しあがったように見えた。


「お前は良い伴侶を見つけたのか」

「兄上」


 ポチヴャーチが自信の妻トゥニチェに目配せし、その意図を察したトゥニチェがウツィアを呼び、部屋の外へ案内しする。ウツィアはウェズの様子を見つつ、心配ながらもトゥニチェに従い部屋の外へ出た。

ウェズのお兄ちゃんがどう考えても愛称ポチなんですよ(笑)。(っ'-')╮=͟͟͞͞ (シリアス) ブォンなんですけど、さすがにここ数話は憚られたので言及してません(笑)。

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