54話 キスして愛情を示すとこじゃないですか?
「連れていけ」
「旦那様!」
酔っ払いも連れて行かれ、人がいなくなった所でやっとウェズがウツィアに視線を合わせる。納得のいかない顔をしていた。
酔っ払いは相変わらず英雄様だと嬉しそうに叫びながら騎士と共に去っていく。
「旦那様」
「君に無体を働いた」
「襲われたわけではないんです」
「君に触れていた。許せない」
「ええと、怪我はないんですよ。ほら」
両手を差し出す。
その姿が占いをした時と重なった。この手に触れれば気持ちを分かってもらえるのだろうかと重ねたくなる。
(こんなに好きなのに)
上から重ねず、下からウツィアの手をとった。
そのまま持ち上げて、ウツィアの両手首に唇を落とす。
「?!」
(屈んで触れる夫の旋毛がよく見える、じゃなくて!)
触れた後もウツィアの手首を近くで見つめながら囁いた。
「……誰もウツィアに触れてほしくない」
(私だけが触れていたい)
ウツィアは心の中で絶叫した。その様子が見えていないウェズは身体を起こすも、両手首を見つめたまま。
「連れてくるんじゃなかった」
「え?」
「ああしてすぐ君の優しさに心奪われて寄って来る」
「え?」
「私だけのものにしたいと、おこがましくも思ってしまう」
「え? え?」
視線があがり、じっと見つめられる。
珍しく瞳の色合いが深く、ウツィアは言葉を失った。
「……好きだ」
「!」
静かな告白が響く。
「ウツィアの前では大人げなく感情的になってしまうぐらい、君に狂っている」
「……」
(わ、うわ……夢? これ夢じゃない?)
夫の想いを言葉で聞いたウツィアは先程まで悩んでいたことが杞憂と分かり、内心浮かれたし喜びが大きすぎて言葉を失った。
「……戻ろう」
ウツィアから視線を外し、それでも片手は繋いだまま会場へ戻ろうとする。
想いを告げた瞳と今逸らされた瞳の違いを見て、ウツィアは敏感にウェズの気持ちを感じ取った。
「待って」
(この人、今諦めたわ。私がすぐに返事しなかったから)
「……今のは忘れてくれ」
「嫌です」
(ちゃんと言わなきゃ)
引き留め、こちらを向かせる。ウェズはウツィアへの想いを言うつもりがなかったから、今が気まずくて仕方ない。
「君には本来、似合いの若者が隣にいるべきだ」
(言わなければよかった)
「嫌です。私は旦那様がいいです」
「……え?」
目を逸らすなとウツィアは自分に言い聞かせた。
「わ、私も! 私もウェズが好きです!」
「!」
「ウェズがいいんです。ウェズじゃないとだめなんです。だから勝手に諦めないで」
貴女と同じ好きだからと静かに訴える。
「諦める?」
ウェズは嬉しさと同時にウツィアの言葉が引っ掛かった。自分は諦めていたのかと初めて気づかされる。
「そうです。私の返事も聞かずに勝手に私の気持ちを決めないでください」
「……」
(ウツィアから好きだと言われるなんて考えたこともなかった)
嬉しいのに苦しさを感じるなんて不思議な感覚だった。
「私はウェズが好きです。男性としても、夫としても、これからも仲を深めていきたいです」
「……私も、」
言い淀む。
何度も口を開くが言葉を発しない。
ウツィアはじっと言葉を待った。今、彼は諦めずに言葉にしようとしてくれている。
「私もウツィアに側にいて欲しいし、君の側にいたい」
ウツィアが目尻を下げて笑う。
「……よかった」
「え?」
「ずっと不安だったんです。私のことなんとも思ってないのかなって」
「そんなこと!」
「言葉にしてくれてありがとうございます」
「っ」
(可愛い)
自分が欲しい言葉ばかりくれる。ウェズは本当にウツィアを手放せないところまできていた。
「……その、旦那様」
「なんだ?」
(可愛すぎる)
「その、こういう時は、キスして愛情を示すとこじゃないですか?」
「きす?」
ウツィアは自らウェズに抱き着いた。その胸の中で「口付けです」と囁く。
ウツィアの言葉にも抱き着かれたことにも動揺してウェズは「ひゅっ」と息を飲んだ。
「そういう雰囲気じゃないかなって」
「……」
(自分の胸の中でウツィアが見上げている……なんてことだ)
ウェズの片手がウツィアの頬のラインをなぞり、指先が唇に触れる。
「触れても、いいのか?」
「訊く必要はありません。私達、夫婦じゃないですか」
「ウツィア」
「はい」
「名前を呼んでくれるか」
一際甘い顔をしてウツィアが微笑む。
「ウェズ」
合図のように、ゆっくり瞳を閉じるウツィアに近づく。
言葉で通じ合えた後の初めての口付けは得難い幸福感を二人に与えた。
告白してちゅーしたとなるとエンダアアアイヤアアアアな気持ちになると思いますが、安心して下さい、66話が最終話ですぞ!
今日のちょこっと占い→静かに読書をしているのが吉。涼しいところで瞑想もいいですね。




