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4話 デビュタント

 南の隣国セモツとの関係が緊張状態になり、三月の建国祭は中止になった。

 代わりに、一旦情勢が安定した五月にデビュタントを王城で行うこととなり、ウェズも参加することになる。


「デビュタントおめでとうございます、王子殿下」

「ありがとう」

「今日は殿下の護衛を勤めさせて頂きます」

「折角だからダンスの一つでも踊ってくればいいのに。ウツィアとか誘って」

「私の今日の仕事は護衛ですので、踊ることは仕事に含まれません」

「またまた~! ほらウツィア、姉様と一緒にいるよ」


 初めて正面からウツィアを見る。想像通りの可愛らしい令嬢で、ウェズの考えているよりも大人びた美しさがあった。


(金色の髪に青い瞳がよく合うな)


 紫を帯びた碧眼を見て満足感に浸る。あの美しい瞳は過去も未来も、人の思うことも記憶もすべて見通せるのかと考えるとより神秘的に感じた。


「どう? ウツィアを正面から見るの初めてだよね」

「ええ、可愛らしい令嬢ですね」


 一人で来たらダンスの誘いも多いだろう。静かで清廉としているのに目を引く何かがある。けれど今日は王女の近くにいるからか声をかける令息はいなかった。それにどこかでほっとしている。


(安心している?)


 ウェズは戸惑った。何故彼女の様子に一喜一憂しているのだろう。


「五年前もウツィア嬢は王女のデビュタントに付き添ったのですか?」


 五年前なら貴族の令息から誘われることもないだろうと思いつつも心配で王子にきいてしまう。


「いや出てないよ。ウツィアは基本社交に出ないからね」

「そうですか」

「五年前のデビュタントは姉様一人、独壇場だったね」


 五歳上の姉のデビュタントを思い出し苦笑いする王子を横目に、ウツィアが社交に顔を出さないことに再び安心する。


「姉様のとこ行こうか」

「では私はこちらで」


 距離を取りつつも守れる範囲で立つだけ。王子はしきりに一緒に行こうよと言ったが無視した。ウツィアの目の前に立つ勇気がなく、壁際の見張り騎士と似たような場所に立つ。何故か王女から睨まれたが、こちらも先程同様無視した。



* * *



 その翌日。


「なんなの? 壁に控えるとか馬鹿なの?」


 ウツィアの元へ行く為の外回廊で王女の足止めをくらった。昨日のデビュタントのことで王女キンガは怒っている。


「王子殿下の護衛となれば、あれが正しい姿では?」

「このチキン! どうせウツィアに嫌われるかも~とかビビって来なかっただけでしょ」

「そういうわけでは」

「はん! いい? デビュタントを迎えたってことは結婚できる年齢なんだから! 少しは動きなさいよ!」


 なにをどう動けというのかと思いつつ、早くウツィアに会いたい想いが募る。


「ウツィアに縁談きたら、ウェズはなんとも思わないわけ?」


 想像して胸焼けのする思いだった。ウツィアが結婚したら、気軽に会えないだろう。

 庭での時間がなくなる。穏やかに話せない。そう思うと胸が痛かった。


「ウツィアはいつでも結婚できるのよ」

「……」

「あんたもいい年なんだから考えなさい」

「……それを言うなら王女だって」


 二十歳を越え、王族としても望まれているのに、未だ結婚する気配がない王女に視線を寄越す。


「私はいいのよ。計画通りだから」

「では近々結婚を?」

「近くはないけど、私は私の思う通りに結婚するわよ」

「はあ……」


 王女の思わせ振りな発言はたまに意味が分からない。けれど政治的なことも踏まえて彼女なりに考えがあるのだろう。


「まあいいわ。その様子じゃ無理ね。さっさと行きなさいよ」

「はい」


 赤い髪を揺らし進む。ウツィアはいつも通り、白銀の混じる金髪をゆるく流した状態で座っていた。デビュタントの時は綺麗に結い上げていて新鮮だったけれど、こちらがやはり目に馴染む。

 ウェズは目元を緩ませながら、デビュタントの話題を振ってみた。


「デビュタントしたのだろう」

「はい」

「おめでとう」

「ありがとうございます。とても緊張しました」

「そうか」


 先程の王女が言っていた結婚の二文字がちらつく。失礼にならないだろうかと思いつつも、気になって訊いてしまった。


「君は、誰かと結婚するのか?」

「え? いいえ、そういったお話はありませんね」

「そうか」

「今はまだご縁がないみたいで」

「そうか」


 ほっと息を吐いてまた気づく。


( 安心している? )


 その気持ちをすぐに振り払った。


「では今度酒でも持ってこよう」

「わあ、嬉しいです」


 楽しみにしてますねと言うウツィアが笑っているのだろうと思うと、今すぐ彼女と対面したいという衝動に駆られる。それをぐっと押さえ込んだ。



* * *



 穏やかな日々は長く続かない。

 夏が来て再び隣国セモツとの関係が悪化し、ウェズは争いが始まった国境線に行かなければならなかった。


「遠征ですか」

「ああ。恐らく短いものだが」


 けれど回数はこれから増えていく可能性があった。南の隣国セモツは頻繁にこの国に手を出してくる。ウツィアとこの庭で会えないと思うと憂鬱で仕方がなかった。


「では占ってみましょうか」


 いつも通りの穏やかな様子に見えるウツィアも少し気が陰る。


「……あ、大丈夫ですね」

「そうか」

「ええ、凱旋してるカードです。無事戻って来られます」


 よかったと囁く彼女の後ろ姿が珍しく感情を現す。本当に安心している姿にウェズはふらりと彼女に近づいた。


「どのカードだ?」

「え?」

「!」


 近すぎた。

 彼女が見上げればウェズの顔が見えてしまうぐらいに。思わず片手で彼女の両目を覆う。


「あ、すみません」

「いや、近づくことを伝えてなかった私が悪い。すまなかった」

「いえ……」

(いい匂い)


 彼が好んでつけている香りが近く、ウツィアの心臓が跳ねた。ウェズもあまりの近さに心臓の音がやたら五月蝿くなる。


「君に贈る香りは私と同じものがよかっただろうか?」

「え……あ、声に」

「出てた」


 ウツィアが慌てる。見上げていた顔を下げて俯きがちに囁いた。


「貴方から頂いたものがあります」

「ああ、今日もつけてきてくれた」

「大事な時に、つけようかなって」

「そうか」

(嬉しい)


 自分が贈ったものを誠実に扱ってくれるウツィアに想いが募る。手近な香りでは性に合わないと言う彼女の為に東の大陸にしかない花の香りを選んだ。

 言葉で気に入ったと言ってくれて、今日のように贈った物を使ってくれていると単純に嬉しい。


「……カード」

「あ、はい。これが帰ってくるカードです」

「ああ」


 遠征はウェズの言う通り短期的なものだった。しかしそれが何度も続きあまり城にいられなくなる。

 ウツィアと出会って一年目の節目の秋、ウェズは戦場に身を置いていた。



* * *



 戦争でさらに一年歳を重ね、ウツィアのいる王城を行ったり来たりする。二人が出会って二年目はあまり会えなかった。出会った日に戻って来れたことだけがウェズにとって良かった思える。

 彼はこの戦いを終わらせるには何をすればいいか静かに考えを深めていた。なるたけ短くだ。それは当然王女や王子も同じ考えだった。


「次は長くなるかもしれない」

「そうですか……御武運を」

「君のカードとお守りがあるから大丈夫だ」


 戦い最後のカードもまた凱旋を示した。刺繍の入ったハンカチを手に最後にする決意を固めてウェズは立ち上がる。


「ここでお待ちしてますね」

「……ああ」


 そこからさらに二年かかった。

 ウツィアとウェズが出会って五年経とうとする春に南の隣国セモツとの和平が結ばれ、晴れてウェズは解放された。

ウェズ→ウツィアに送られた香りはジャスミンです。マンダリンオレンジも大本はインドなのでそちらと取引ご縁がある感じ。心の声も出てきましたね~。


というわけで、ここでどうでもいいネタを。

ウツィアは白銀の混じる金髪&紫の混じる碧眼ですが、つまるところ…ツンデレショタ変態ストーカー(金髪紫眼)×治癒魔法公女(白髪孔雀青眼)です。ストーカーと公女を遡ると、第三皇子×最後の聖女とわんわん×裸族女子がくるわけです。過去作を読んでる方は喜んでください(笑)。

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