12話 ウツィアの誕生日 ~常連一ヶ月記念~
女装したウェズが通い続けて丁度一ヶ月目だった。季節は少しだけ夏が来始める。
「訊きたいことがある」
「はい!」
「誕生日が来たら何が欲しい?」
男装しているウツィアは誕生日を公表していない。そして差し入れやプレゼントは一律お断りしていた。常連の薬を買いに来てくれる夫人たちは分かっていて、屋敷のポインフォモルヴァチ公爵夫人であるウツィア宛てにプレゼントを個人的に贈ってくれる。
折角仲良くなったところだったけれど、ウツィアは自分の店で決めたルールに沿った。
「誕生日は公表していないんです。差し入れとかもお断りしてて」
「知っている。もし、もらえるとしたらで……」
「うーん……そうですねえ……お花とか?」
万が一持ってこられて断れなくても大丈夫そうなものでこたえた。納得したのか女装ウェズは黙って頷く。
「そういえば、一ヶ月通ってくれましたよね?」
「ああ」
(今日も可愛い)
「はい」
小さな袋を渡された。その中にはクッキーが三枚入っている。
「一ヶ月通ってくれた方、全員にプレゼントしているんです」
「……ありがとう」
(すごく嬉しい)
「いいえ、こちらこそ当店をご利用頂きありがとうございます!」
もらったクッキーを眺めている姿はいつもより柔らかい雰囲気のように感じられた。
「そろそろ帰る」
「はい」
男装したウツィアはいつも客を見送ってくれる。見送り方も色々パターンがあるらしく、若い令嬢たちのリクエストに応えては黄色い声を浴びている姿を何度も見た。
「ウェズは見送り方に要望はないんですね?」
「要望?」
「最近ご令嬢たちに人気なのはツンデレと素直クールです!」
「つんでれ? すなおくーる?」
それもまた古文書用語だろうかと考えながらウェズが並ぶと、いくら互いに女装と男装をしていても背の違いは明らかだ。けれど認識をずらす薬のおかげか周囲も当人たちも気にすることはなかった。
「あ」
「!」
「わぷ」
ウツィアは日頃よく転ぶ。今日は側にいた女装ウェズが抱き留めてくれた。
胸に顔をダイブして、近さにウェズの顔が赤くなる。
「あ、ありがとうございます。僕よく転ぶんです」
と苦く笑って誤魔化した。転んで迷惑をかけたこともだけれど、男装ウツィアには思っていた以上の衝撃に動揺が隠せない。
(ウェズ、全然胸ない)
細身ですらっとしているから胸は小さめと思っていたけど、まさかの事実に狼狽する。
(体型の話題は出さないようにしよう)
たまに若い令嬢たちが思い思いに話していたけど、自分からは話題振らないと決意新たにするウツィアだった。
「大丈夫か?」
「あ、はい。ウェズが受け止めてくれたので全然平気です!」
「怪我がなくてよかった」
安心したとウェズが初めて微笑んだ。その表情にウツィアの心が動揺に動揺を呼ぶ。
(か、格好よ可愛い……やっぱり……これが古文書に書いてあった推せるっていう感情だわ)
いつの間にか女装ウェズはウツィアの中で推しになっていた。
「じゃあ」
「あ、はい! 気を付けてお帰り下さい」
その時、ふわりとウツィアの鼻腔を爽やかな甘い香りが抜けていく。
(柑橘の香り)
懐かしさに一瞬時間が止まった。ウツィアはその懐かしさを思い出せなかった。
* * *
店から死角になるところに馬車を用意してある。ウェズが女装から着替える為に用意されたものだ。
「主人、お疲れ様です」
「この姿の時は主人と呼ぶな」
「あ、失礼」
馬車の中で着替え、その後ウツィアの帰宅を見届けて自分も屋敷に戻るという奇妙なルーティンが出来上がった。アイスブルーに近い銀色のウイッグをとって馬車の椅子に放る。着替えた後、夫ととしてウツィアが無事帰るのを見届ないといけない。
「おや、買ったんですか?」
側近のカツペルがウェズの手にあるクッキーを指さす。
「一ヶ月来店記念にもらった」
「へえ」
じっと愛おしそうに見つめるウェズに、そして着替えた後もご丁寧に手に持っていることに、カツペルは察した。
「食べないともったいないっすよ」
「ああ」
(飾っておきたい)
頷くも心ここにあらずな自身の主人にカツペルは溜息を吐いた。
タイトルを無事回収。見事男装妻の推しとなった女装夫(笑)。ウェズは女装時、胸に詰め物はあまりしません(戦争中は場合による)。そして記念でもらったクッキーを執務机に飾って暫くにやにやするだろうウェズなのでした(後々美味しく頂く)。
今日のちょこっと占い→我思う、故に我在りぐらい自分の気持ちを考えるのがよし。今日の夜は天体観測か蛍観測をおすすめ(熱中症に気を付けましょう)。




