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1話 王城にて

 ウェズブラネイは隣国との戦争で伯爵位を得た。南の隣国セモツは度々国境線を越えてくる。その度にファンティヴェウメシイ王国は対応してきた。セモツが侵略を進められなかったのはファンティヴェウメシイ王国が非常に優秀だったからだ。


「伯爵位を得た気分はどう?」

「実感はありません」

「領地が先だったかな? ま、奥さん探しはゆっくりやろうか」


 ファンティヴェウメシイ王国、ポッドピサーチ城の外回廊を歩く二人、赤毛の混じる金茶色の髪を揺らす幼さを残した十五歳の王子スポクイ、その隣を歩く件の伯爵は赤髪を纏った長身の男性、ウェズブラネイ・メシュ・ポインフォモルヴァチだ。


「王子、私には婚姻は合わないものかと」

「結婚してもいないのになんで決めつけるのさ」

「家庭を築くことに向いておりません」

「じゃあ恋人の一人や二人作っておきなって」

「恋人というのは本来一人なのでは?」

「ウェズってば真面目すぎて笑える」


 苦い顔をする背の高い男性、ウェズブラネイことウェズは薄いコニャックカラーの瞳を細め浅く息を吐く。伯爵位を得たからと王子から縁談を持ってきて、会うには会ったが、悲鳴をあげて倒れられること三人、耐えるも顔を青くして即座にお断りされること三人、いずれもうまくいかなかった。六人も縁談を用意していたのには驚いたけれど、ここまで駄目ならもう結婚は無理だろうとウェズは考えていた。


「顔の怪我が治れば余裕でしょ」

「そうでしょうか」


 怪我の具合がもう少し落ち着き、医者から許可が下りれば仮面で隠そうとウェズは思った。

 先の戦いで顔の右半分が見るも耐えない状態になってしまったけれど、隠さず歩いていると多くがぎょっとした顔をする。女性は大概倒れていた。王女が気にしなかったから他の人間も問題ないと思っていたけれど、そうでもないことを今痛感している。


「戦争の成果も尾ひれついて変な噂になっててさ。完全に裏目に出てるよね」

「噂は気にしておりません」

「でもおかしいって。ウェズは英雄だよ? どうせマズル侯爵派がウェズの評価を落とす為に広めた嘘だし」


 古くから名のある家門の中にはウェズの活躍を良しとしない者もいた。そういった者たちは根も葉もない噂を流し、あたかもウェズが悪者のように先入観を植え付けた。そのせいかウェズの社交界における評価は低い傾向にある。


「あー……その化け物だとか怪物だとかいう噂もどうにかするか」

「いいえ」

「え?」

「噂は放っておいて下さい」

「ええ……」


 正直王都のタウンハウスだけでも十分な褒賞だった。挙句、伯爵位まで賜っている。ウェズにとってこれ以上望むのはどうかと疑問に思っていた。けれど、この十歳下の王子ははとこである戦争の英雄を甘やかしたいらしい。

 ふと視界に見慣れた姿が入った。


(庭に誰かいるな……王女か)


 王城の中は非常に広い。その中でも奥の奥、王族しか使用できない場所がある。そこに金の混じる赤色の髪の女性が見えた。この鮮やかな色合いの髪を持つのは王女しかいない。


「ウェズ? ああ姉様か。行こう」

「殿下?」

「今ならウツィアもいるよ」


 護衛を下がらせ進む。初めて聞く名に僅かに首を傾げながら王子の後に続くと、ガーデンテーブルにガーデンチェアが二脚、女性が二人向かい合わせで座っていた。

 一人は側にいる王子の姉である王女・キンガ、もう一人には見覚えがないが貴族の令嬢のようだ。 太陽の下で輝く金髪の中に白銀の色合いが見え隠れしている。


(美しい色だ)


「姉様!」

「あら、今日は連れているの」


 立ち上がった王女につられ、後姿の令嬢も立ち上がる。 瞬間、ウェズは振り向きざま自分を見て倒れる彼女を想像してしまった。美しい金色の髪が揺れるのに目が離せなかったけれど、急いで振り向くのを止める為に叫んだ。


「駄目だ!」

「はあ?」


 声すらも聞かれたくなくて手で口を覆う。焦るウェズを見た王子は先程の縁談を思い出し苦笑した。対して令嬢ウツィアは何かに気づいたのか小さく声を上げる。


「新しいお客様?」

「え?」

「私に占ってほしいんじゃなくて?」


 どういうことだろうか。背中を向けたまま彼女は話を続けた。


「顔を知られたくない、声を聴かれたくないお客様が多いから」

「ウツィア違うわよ。彼は」


 正体をばらそうとする王女に睨みを利かせて拒否を示した。察しの良い王女は呆れたように肩をすくめる。


「なに? 知られたくないわけ?」


 黙って頷くウェズに「なんなの」と不満を吐露する。まどろっこしいのは嫌いなのよと言う王女をウツィアが宥めていた。


「姉様、ごめんなさい。さっきまで色々ありまして」

「ふうん」


 そこにきて「それなら」と令嬢がテーブルの上に小瓶を置いた。無色の液体が入っている。


「声を変えることが出来る薬です。声を聴かれたくないお客様に渡しています」

「用意がいいわね」

「いつでも仕事できるようにしてるの」

「へ~」


 王子がその薬を手にしウェズの元に戻って来る。


「僕をこき使うなんて、はとこ様様だよねえ」


 誰も持ってこいなんて頼んでないのにと言いたかったけれど、声を聴かれたくないウェズは我慢した。

 そして王子に渡された小瓶を手にし、まじまじと見つめる。声を変える薬は潜入捜査の時に世話になっていた。縁もなさそうな彼女が持っているとは不審だなと思ってしまう。


「普段使ってるでしょ? 同じ物だよ。ウツィアが作ってるんだ」


 嘘ではと思いつつも、この庭に招かれている時点でこの令嬢は王族の信頼を得ている。問題はないだろうと一気に飲み干した。様子を窺う王子にだけ聞こえるように囁く。瞬時に声は変わっていた。


「すごい!」

「すまない」


 低めの女性の声に変化していた。背中を向けたままのウツィアが微笑んだように見える。


「ウツィア、折角だから占ってあげたら?」

「王子?」

「ちょっとさっきまで大変でね。こちら、少し落ち込んでるっていうか」

「落ち込んでなど!」


 そう、落ち込んではいない。諦めていただけだ。二人の様子に王女が得たりと笑う。


「はーん、そゆこと。ウツィア、実はね」

「王女!」


 そもそも縁談の話を持ってきたのは王子と王女。事情を話されたら面倒だと遮ると王女は唇を尖らせた。それに対し、背中を向けたままのウツィアは穏やかにウェズに声をかける。


「事情は深く伺わなくてもできますよ」

「いいじゃん。気晴らしにでも」


 王子の言葉に魔が差した。声まで変えたのだから、彼女の意に沿うことをした方がいいのではと思い占いを承諾する。


「……では、頼む」

「はい」


 座り直したウツィアが取り出したのは二十枚程のカードの束だった。


「カード?」

「はい。では先程の大変だったことについてみてみましょうか」

「解決するか的な?」

「現状把握みたいな感じかしら」


 出てきたカードはウェズには見えない為、王女が見えるようにこちらに見せてくる。王子はウツィアの近くに立ち、中身について質問を始めた。


「これって逆さだと悪いってこと?」

「いいえ。過剰なのか不足なのか停滞なのか、いずれのどれかというだけで悪いわけではないの」

「ふーん。これ前出たわよね? 頑固じいさん」


 王女が手にとり見せてくる。老人が逆さになっていた。


「三ヶ月前にキンガのことを占った時にも出たわね」

「ふふん、いい? これが出るってことはあんた今相当意固地よ」


 何故どや顔で王女が結果を言ってくるのかと思ったが口にはしない。元々ウェズはあまり喋らない人間だ。


「後は、孤独ともとれますね」

「ああ、確かに今独り身だし」

「王子!」


 余計な情報は言わないでいいとばかりに睨むと笑われて終わりだ。


「で? こっちは?」

「自信がない、ですか?」

「え?」


 ウツィアの言葉にどきりとする。この縁談の失敗続きに向いていないと思いつつも自信の喪失は確かにあった。諦めるぐらいに。二枚目のカードは如実にウェズのことを示していた。


「ご自身を見失ってる、とか」

「あー、図星な顔ね」

「王女」

「こいつ、私らより年上の割に自分探し真っ只中だもの」

「でも次のカードは真面目でルールを守る人柄を表しているわ」


 三枚目は逆さになっていなかった。


「こいつクッソ真面目なのに逆さじゃないの? ありえない」

「キンガ、言葉が悪いわ」

「いいのよ」


 最後に出た四枚目で彼女が小さく笑うのが分かった。


「あ、大丈夫ですね」

「え? 逆さよ?」

「これは逆さでも七割成功するって意味があるの。悩み事も近い内に概ね解決するのではないかしら」

「へえ」


 真っ直ぐに背筋を伸ばして、背を向けたまま前を見ている。背を向けられているのに向かい合っているようだった。


「大丈夫ですよ」


 微笑むのが分かった途端、ウェズの中で何かが転がった。変な動揺に困惑するも勤めて平静を装う。

 これがウェズとウツィアが初めて出会った瞬間だった。

ネトコン用完全新作始まりましたー!

ただ夫婦がもだもだしつつ、契約からほんちゃんの夫婦になるだけの話です。女装と男装がぐいっと入ってきて、私の作品では初の三人称ものになります(場面転換多いので)。


本日は出会い編7話程を今日明日でどこどこっと更新していきます。

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