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いざ明治へ参らん

食事会の日はGWを過ぎた二週目の金曜日に行われることになった。

前日に和正にエントランスで呼び止められ、カードを渡された。

これで好きなだけ買えと。

カードを渡すなどなんと不用心なと思ったが、美海は、そのカードを大事に抱えバイト上がり、スーパーへと直行した。

会場が桜川家だと伝えた瞬間、女子から女子へと話が伝わっていってしまった。

当初の八名より多くなっているだろう。

おおよそ二十食分の材料を買い、重たい袋を抱えながら、送られてきた住所へと向かった。

迷うことは、なかった。

駅からほどよく離れた場所にある高級ヴィラ。

鉄柵の門をくぐると花壇が並ぶ庭があり、イタリア風の家が建っている。門からのインターホンで開錠された。

恐る恐る中に入ると、高い天井のエントランスルームが見えた。

更に奥に進むと白の床に広いリビングルーム。ガラス張りの窓からは、中にはに設置されているジャグジー付きのプールが見えた。


(なんと、こんな家がこの世にあるなんて・・・。しかも日本邸宅やなかった・・!)


桜川という歴史上で最も有名な苗字を持つ人物がまさか、洋風の家に住んでいるとは思わなかった。


美海がリビングで立ち尽くしていると、和正が螺旋階段から下りてきた。

黒い細身のパンツに白いゆったりとしたシャツ。

中に透けて見えるタンクトップがやけにセクシーだ。


(何着ても似合うな)


一方、美海の恰好といえば、薄手のカットソーにマキシ丈のスカートだ。今日は、裏方として来ている。別に外見に気合を入れなければいけない理由もなかった。


「こっちだ。」


和正が、美海の抱えていた荷物を引き受けると、キッチンの方へと歩き出した。


美海は、不謹慎かと思ったが、好奇心が勝ってしまった。一歩歩くたびにきょろきょろしている。


「そんなに興味があるなら、まずは、家の中ツアーからするか?」


和正が振り返って言った。


「あ、いえ。時間がないので、早速作業に取り掛かります。」


日当五万円を思い出した。

キッチンには、まるで生活感がなかった。


(なんやこのモデルルームみたいなキッチンは)


白を基調としたアイランドキッチンに大型の冷蔵庫。電気コンロ。オーブン、食洗器。全て完備され、何をとっても美しかった。

和正は、白い大理石のテーブルの上に美海の買ってきた材料を置いた。


「他に必要なものは?」


一通りの調理器具はそろっている。


「特に無いです。」


美海は、リュックをおろすと中からエプロンを取り出した。

さっとつけると手際よく材料を取り出し、シンクへと運んで行った。

浄水できれいに洗われる野菜たち。

和正には申し訳なかったが、割高なオーガニック野菜を買ってしまった。

一度でいいからオーガニックをふんだんに使ったサラダが食べてみたかった。

ちょっとした罪悪感を含みちらっと和正の方を見ると、和正は、興味津々の顔をこちらに向けている。


「まるで鍵ばあさんみたいだな。」


ぽつりと和正が言った。


「絵本の?」


「あぁ、鍵っ子の家にやってきて飯作ってくれるんだ。」


美海もその児童書は子どもの頃読んだことがある。鍵を失くし、困っている子どものところに救世主のようにやってきて、家に入れてくれ、更には、ご飯まで作って去っていく鍵ばあさん。親が共働きだった美海も鍵っ子で家にも鍵ばあさんが来てくれたらと何度も思った。しかし、実際には、自分が鍵ばあさんだった。五歳下の弟がよく鍵を家に置き忘れて学校に行ってしまった。家の前でうずくまっている弟。急いで弟を家の中に入れ、夕飯の準備に取り掛かった。私が帰ってくるのを見つけると目を輝かせる弟の顔、夕ご飯を作る美海の後ろでほくほくしながら待っている姿。あの時の弟の姿が今の和正と重なった。


「私もあの本読んでましたよ。」


手早く野菜を切っていく美海がつぶやいた。

和正は、何も言わず、美海の手つきを見つめていた。


和正は、ずっとキッチンに置かれた椅子に座り、美海の調理裁きをじっと見ている。


「料理は私が独りで準備しますから、ついてて頂かなくても結構です。」


美海は、和正の方を見ることなく言った。


「うん。」


和正は、うなづいたが、その場から動く気配がない。


(はっきり言ってその視線が邪魔や)


何度も言おうと思ったが、時間もないのでそのまま作業をすることにした。

いかに効率よく調理するか。美海の頭がくるくると回転し出す。作業スペースをいったりきたりしながら前菜、メイン、パスタ、揚げ物と下準備を進めていく。集中すると和正の存在は気にならなくなった。

気が付くとリビングの方が騒がしくなっていた。


「あれ?田中さん?」


対面から女性の声がして顔を上げた。


「ここで何してるの?エプロン姿?」


和正の姿はなく、代わりに食事会を要求した女子学生達の姿があった。よもや食事会主催者が人の家でせっせと料理しているとは思わなかったらしい。


「今日、私、料理担当なのでおかまいなく。」


端的に言うと、

と「そうなの?!」とそろった声が帰ってきた。

ふんわりブラウスに花柄のプリントスカート、胸元がざっくり開いた白シャツに足のラインがきれいに見えるスキニ―パンツ。身体のラインにそったロングワンピース。


(可愛い服)


美海もお洒落心がないわけではない。ただ、ファッションに投入できるお金がない。三つのバイト代は全て生活費に消える。三組のファストファッションを丁寧に洗濯しながら着まわす。彼女達は、知らないかもしれないが、これが意外と頭を使うのだ。


「ねぇ。料理ってプリンスに頼まれたの?」

「ええ。日給五万円で料理用意してほしいっと頼まれました。」

「うそ。お金で雇われたんだ。」


花柄スカートが口元に手をあてた。


「そう。プリンスってちょっと酷いね。でも大丈夫。私たちもちょっと手伝うから。」


「必要ありません。」


美海が手を振ろうとした瞬間。


「ねぇ、その変わりこのサラダ私が作ったことにしてくれない?」


ワンピースがきっぱりと言った。


「えっ?」


美海が反応するよりも前に、作業台に並んでいた前菜のサラダを少し手直しし、そのまま持って行ってしまった。


「じゃあ、私も。」


そういうと、花柄スカートも生ハムとチーズのクラッカーに胡椒をぱらぱらっとかけ、そのまま持って行った。スキニ―パンツにいたっては、取り皿とトングを持って行った。


(作ったことにしてってなんでや?)


美海には、彼女たちの意図が全く分からなかった。


オーブンで蒸らされていたローストビーフを取り出そうとした瞬間、


「おぉ~!」


男性陣の声がリビングの方からした。

ローストビーフが切り落とされても、パスタがゆであがっても、絶妙なタイミングで彼女たちはやってくる。飲み物をかいがいしく運び、取り皿にきれいに盛り付けて配っている。彼女たちのそういう姿を見ると、自分は、裏方の人間なのだと美海は思い知った。会話を楽しみながら手はせわしなく動いている。一つの事に集中すると周りが見えなくなる自分とは大違いだ。

美海は、もうリビングの様子をうかがうことを止めた。


「唐揚げおいしそうね。」


油がはねない位置でお人形のような可愛い女の子が立っていた。初めて見る顔だった。


「私、榊原葵。和正君とは、幼稚舎の時からの幼馴染なの。」


来ている内部生は、全て男子だと思っていたので、美海は、少し驚いた。


「なんか、九条君から面白い集まりがあるからって言われて、来ちゃった。女子が多くなちゃうんじゃない?って聞いたんだけど、和正君が一人は料理担当だから大丈夫だって言ってから。あなたの事だったのね。」


にこっと笑う彼女の笑顔がなんとも愛らしい。


「あ、そうです。私、田中美海と言います。参加者じゃなく、料理担当なので、キッチンから出るつもりもないですからどうぞ私の席に座ってください。」


美海は、何事もなかったように、また唐揚げを揚げ始めた。

美海がせっせと大量の唐揚げを揚げていても、葵は、動く気配もない。


(あぁ、そうか。この子もか)


また、出来上がったものを持っていく為に待っているのかと察すると、なるべく手際よく調理することに努めた。

一皿分出来たところで葵は、かたんと皿を持ち上げ、すたすたとリビングの方へ歩いていった。


(ふぅ。あと少し揚げれば、後はデザートだけや)


じんわりと汗がにじんだ額を拭うと誰かがこちらに向かってくるのを感じた。

がたん。対面の椅子がひかれ、どさっと座った。


「ごめんなさい。揚げあがるまでもう少しかかります。」


そう言いながら顔を上げると、目の前にいるのは、和正だった。


「揚げたてが食べたい。」


まるでラーメン屋の店主に注文するようだ。


「あぁ、はい。」


素直にうなづくと美海は小皿を取り出し、揚げたての唐揚げを三つ置いて和正の前に出してあげた。

和正の目が少年のようにきらめいている。


「へぇ~。美海ちゃんが唐揚げ作ってたんだ。」


突然、九条の声がした。リビングから課題グループの三人がやってきて和正の横に座った。


「そうなの、田中さんの唐揚げ絶品ね。」


葵が後ろからひょっこりと姿を表して言った。


「ってかさ。美海ちゃんなんでずっとキッチンにいるの?こっちに来て一緒に食べないの?神崎さんたちが作ったサラダやパスタ最高にうまいのに。」


九条は、まるで美海が人目を避けているかのように言った。


「私は、キッチンの方が落ち着くので。」


無表情に答える美海の横から葵が割り込んできた。


「違うのよ。あのサラダもパスタも全部田中さんが作っていたのよ。今回の料理人として和正君に雇われたのよ。ね、そうでしょ?」


葵は、ちらっと和正の方を見た。

和正は、素知らぬ顔で最期の唐揚げをほおばり軽くうなづいた。


「はぁ~?合コンのセッティング者を料理人として雇ったのか?和正、美海ちゃんに酷くね?」

九条の言葉に、和正の視線が美海に飛んだ。


「別に酷くありません。五万円頂けるのなら、料理することなどなんでもありません。むしろ有難い限りです。」


きっぱりと言う美海の言葉に一瞬の沈黙が広がった。


「まぁ。美海ちゃんがそれでいいのなら。」


そう言うと九条は椅子から立ち上がり、美海の近くまで寄ってきた。


「美海ちゃん、これで君のお願いは聞いたのだから、課題のことよろしくね。」


こそっと耳元で九条がささやいた。

その時突然、かたんと和正が箸を置いた。


「何それ課題って?」


和正が唐突に美海に聞いた。


「今回の食事会を開催する代わりに課題の七割を私がするという取引があったのです。」


美海は、デザートを作りながら答えた。


「何それ。グループ課題は、グループで取り組まなければならないとか言っておきながら、あんたもグループで取り組まないの?しかもこんな食事会を開くために?え?意味わかんないんだけど。」


何故か和正の口調に怒りが含まれている。


「少し整理しませんか。確かに私は、今回の課題の大半を私がします。しかし、それは、私が望んだことではありません。いえ、望んだことでもありますが、九条さんらが取り組みたくないと申しまして。」


美海は、なんと説明しようか言葉を飲んだ。別に和正に完璧に理解してもらおうとは思わないが、和正の立場と自分の立場では、許されるものが違うのだということを知ってもらいたい。


「そんなにこの食事会をセッティングしたかったのか?」


「食事会をセッティングしたらモーターショーのチケットをいただけると言われましたので。」


「チケットの為に食事会を開催し、食事会の為に課題を独りでやると?」


「まぁ。そうなります。」


「あぁそう。」


和正は、不服そうにつぶやいた。

全て事実だ。事実なのだが、金品でほいほい動く人間のように和正に思われてそうだ。まぁ、実際そうなのだが。

美海は、そのまま和正の存在を無視した。後は、デザートを盛り付けるだけだ。

デザートを盛りつけている間、和正は、リビングの方へ歩いて行ってしまった。課題を別にすると決めた以上、和正とは、もうこれで接触する機会もないだろう。もともとたまたま知り合っただけの仲だ。特に深く理解してもらおうとも思わない。そして、怒られる筋合いもない。美海は、和正の背中から視線を外した。


帰り道は、すっかり暗くなっていた。後片付けまでいるべきかと思ったけど、何だかもうあの家から抜け出したい気分になった。エプロンを急いで取ると誰にも見つからないよう、美海は玄関から飛び出していった。


(最後まで片付けせえへんかったから、日給は減らされてしまうんやろうか)


美海は、とぼとぼと歩きながら和正の言葉を思い出した。九条達が真面目に課題に取り組んでくれると言ってくれたら、一緒にやるつもりだった。食事会もモーターショーと交換条件だったが、そうでもしなければ、今の生活では、見に行く事が出来ない。

何でも持っている和正にこれ以上深く関わりたくない。関われば、みじめな気分を思う存分味わってしまいそうだ。

その瞬間。

プー。

まぶしい車のライトが美海の右脇へと止まった。

美海は驚き、その運転席へ振り返った。


「乗れよ。」

助手席の窓が開き、和正の顔がのぞいた。


「いえ、いいです。歩いて帰れます。」


「いいから乗れって。」


意地を張るところではないが、意地をはりたくなった。


「大丈夫ですから!」


そう言った瞬間、がちゃっと運転席のドアが開いた。美海は、まさかと思い振り返る。


(やばい!)


と走りだそうとした時、がしっと大きな手に右腕を掴まれた。


「あ・・。」

「何逃げようとしてるんだよ。」

「あの、こういうのなんて言うか知ってます?」

「知ってる。」

「じゃあ・・。」

「救助保護だ。」

「はい?」


ずるっと引っ張られ、助手席に放り込まれた。


「あの・・どこに向かっているんですか?」


和正が無言でハンドルを握っている。その端正な横顔をちらっと伺いながら聞いた。


「行けば分かる。」

「お家の方はいいんですか?家主がいなくても?」

「別に俺がいなくてもかまわないだろう。俺は、飲んでもないし。」


(いや、あなたがおらんと大問題になっている女子が何人かおられるやろ)


美海は、和正のいなくなった食事会会場を想像した。美海の言葉を無視して、和正は、夜の公道を慣れた手つきで運転していく。一生に一度乗れるかどうかという高級車だ。美海は、ふかふかのシートに身を任せながら、これは、これで貴重な体験だと思った。


和正が十五分くらい運転すると「着いた」と一言言った。


「ここは・・?」


住宅街から少し離れた場所に、工場のような建物が建っていた。六棟の二階建てアパートくらいの大きさの建物だった。そうちょうど美海の下宿先のアパートくらいの。


「こっちだ。」


呆然と建物を眺めていた美海に和正が声をかけた。下りたシャッターの脇に小さな扉がついている。ポケットから取り出した鍵でがちゃっと開けるとかたんという音で扉が開いた。和正が先に入ると、ドア横にあった電気のスイッチを入れた。すると、眼前に飛び込んできたものに美海は、声を失うほど驚いた。



「これは・・・。」

「これが何か分かるか?」


驚きのあまり、口が半開きになっている美海に和正にやっと笑った。


「日本初のガソリン車、タクリー号・・・。」


「そう。正確には、その模造品。俺が作ったんだ。」


和正は、少年のような足取りでその古い車に近づき、黒光りしているボンネットをぽんっと叩いた。ボンネットは角張突き出しいる。前輪と後輪には大きな車輪、運転席と助手席は、高い位置につけられている。


「ちゃんと動くんだぜ。エンジンは現代技術のものを搭載しているからな。」


「す、すごい・・・。」


美海は感服した。タクリー号の形は資料として読み込んではいるが、実際に目の当たりにするのは初めてだった。しかも、そんなものを作っただなんて言う和正が信じられなかった。

美海が恐る恐るタクリー号に近づくと、和正は、作業所の隅にあったパソコンのスイッチをつけた。


「こっちに来いよ。」

和正の言葉に付き従っていくと、パソコンの画面に設計図が広げられていた。


「うわぁ。」


美海の言葉に、工場のライトに明るく照らし出された和正の顔が笑った。


「あ、そうだ。飯食ってないよな。ちょっと待ってろ。」


そういうと和正は、すたすたと工場の外へと歩いて行ってしまった。美海が少しずつパソコンのマウスを動かしながら見ていると、後ろから和正の声がした。


「飯、食おうぜ。」


いつの間にか和正が、作業台の上に保存容器に入った料理を並べていた。


「あれ?このご飯・・。」


「あぁ。とっといたんだ。」


容器に入っているのは、どれも先ほど美海が作ったものだった。

いただきますっと和正は、もう食べる準備に入っていた。


「さっき食べたのでは?」


「うまいもんは、何度でも食べたい。あ、そういえば、後で今日のバイト代渡す。」


「片付けをしませんでしたから、その分は差し引いてください。」


美海が真面目に答えると、和正は、食べながら分かったと手を振った。


「あのタクリー号は、乗れるのですか?」


美海は、隣に黒く光っているタクリー号がまるでこの世のものではないように思える。


「ああ。乗れる。」


「へぇ。じゃあ、少し乗せて頂いてもよろしいでしょうか。助手席でかまいません。あと、運敵の方も少し調べさせていただきたいのですが。」


「分かったよ。発車させてやるよ。」


唐揚げをほおばりながら和正が笑った。


「座席が高いから気をつけろよ。」


先に運転席に乗り込んだ和正が美海に声をかけた。美海がそろりそろりと乗り込んだ。背負っていたリュックは作業台の椅子の背もたれにかけておいた。


「よし、発進するぞ。」


和正のわくわく感が隣から伝わってくる。運転席の和正が自分で作ったというエンジン起動スイッチをひねった。ブルンという音が車の下の方からする。

棒のようなギアを入れ、クラッチ、アクセルを踏む。ダダダという車の音が美海の心臓へ伝わってくる。和正がハンドルを握る。車がそろりと前に進もうとした瞬間。ガタンと椅子が倒れる音がした。


「あ!」


和正がうるさいエンジン音の中で叫んだ。


「私のリュック!」


かけられたリュックの重みで椅子が倒れ、リュックの中身が勢いよく床へと散らばった。しかし、動き出したタクリー号は直ぐには止められない。そのまま、床に飛び散ったものたちを細いタイヤが踏みしめる。

パンッ!

何かが破裂する音がした。

その瞬間。

タクリー号を包む世界がぐるぐると回転し出した。


「うわぁ!」


「一体どうしたんだ!」


美海と和正の声が同時に叫ぶ。

車が回転しているのか、周りが回転しているのかもうよくわからなくなった。高速回転のコーヒーカップに乗っているようで目が回る。

美海は、とっさに目をつぶり、身体をぎゅっと固めた。耳には、きーんという音が聞こえる。そ

して隣の和正から、なんとか止めようとハンドルをがちゃがちゃと回している音がした。


「もうだめだ!」


あまりの回転の速さに車体から振り落とされる!と和正の腕を掴んだ瞬間。車体がふわりと浮いた。

ドスン。

車体が地面に着地した振動が身体の内部にずしんと伝わった。


「なんだここは・・・?」


和正の低い声に、美海は、ぎゅっと閉じていた目をおそるおそる開いた。


「ここは・・どこですか?」


美海の目の前には、瓦塀が面々と広がっていた。塀の淵には植え込みがある。タクリー号は、植え込みぎりぎりに止まっていた。


「殿!殿!」


後方から誰かが慌て声で叫んでいる。

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