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桜川和正との出会い

毛布に包まり座り込んでから十五分が経った。冷たかった手足は、こすり合わせていた結果、大分温まり始めた。


(やることをやらねば)


寝るつもりだったが、本日の五分間回想を行った後、どす黒い感情が胸の中央に広がり始めた。よく知りもしない人と関わると、どうしても不快な気分がこみあげる。

もう、これはどうしようもない。

この不快な気分を払拭するため、美海は、おもむろに立ち上がるとパソコンの前に座った。

ポチポチと検索画面にワードを入れながら、グループ課題のテーマを探し始めた。

大方自分が作業をしなければならないのなら、自分でテーマを決めたい。

今日の黒髪眼鏡の顔は思い出さないようにしながらテーマをいくつかリストアップしていった。

時計の針が午後十一時を周ろうとしている時、


「やっぱこれしかないなぁ。」


座椅子の背もたれに倒れながら一つのテーマを打ち込んだ。


「自動車産業の歴史」


美海の関心が向いているところだ。

調べ学習をするなら好きなことをしたい。

そう決めてから、メンバーそれぞれの役割分担を決めた。

もちろん六割が美海の担当。

残りの一割ずつを四人のメンバーに調べてきてもらうことにする。

まとめてパワーポイントを作るのも美海。

発表は・・発表は、やはり見栄えのいい方々にしてもらうのがいいだろう。


(私が表に出たとこでブーイングが起きるだけや)


そう思いながら、美海は、グループラインでテーマと作業分担を送った。すぐさま、三人のメンバーから了解のスタンプが送られてきた。


(残りは一名か・・)


名前を確認すると、一番やっかいな人物であることが分かった。


「桜川和正。」


独りごとをつぶやくとスマホを畳の上に投げた。そろそろ、温めた手足が再び冷え始めてきた。すばやく立ち上がり、布団を敷くと、スマホがかすかに光った。

確認してみると、「和」とついた名前から個別のメッセージが送られて来た。


『テーマは、いい。調べる部分はやりたくない。』


簡潔なメッセージだった。


「は?どういう事?」


『課題に取り組みたくないということでしょうか?』


今朝ぶつかったのみで喋ったこともない。学内でたまに見かけるが、この桜川和正という人物がどういう人間なのか見当も付かなかった。本日ぶつかったのが、ファーストインプレッションだ。

ただでさえ悪い印象が、さらに地の底へと落ちかけているとき、再びメッセージがきた。


『違う。勝手に役割分担を決められたくない。』


『では、どうしたらいいでしょうか?』


もう相手がどう出るのかさっぱり分からない。


『明日十二時に3B教室の前で』


「うん?」


メッセージを見た時、一瞬固まった。

明日美海は、十時半から十二時まで3B教室で外国語の授業がある。それを何故知っているんだろう。

疑問に思ったがとりあえず『了解です』の返答をしておいた。


翌日。

百八十センチはゆうに超えるすらりとした青年がスマホをいじりながら教室の前で立っていた。顔の造作も文句なしだが、そのファッションセンスも抜群だ。

ちょっとした芸能人よりオーラ出しているんじゃないかと美海は思った。

教室から出る学生たちがちらちら振り返っている。

美海もそのまま何事もなかったかのように通り過ぎたい気分だったが、約束は約束だ。

ちらりと顔をあげると美しい顔の持ち主と目が合ってしまった。


「いくぞ。」


そのぶっきらぼうな一言に犬のように無言でついていく。

なんだか自分が情けなく感じた。


(圧がすご過ぎて無条件に従ってしまうわ)


ただでさえ昨日からの押しに弱さを反省している。

最後のラスボスにこの一言を浴びせられ、今までの胸のもやもやが急に爆発しそうになった。


「どこに行くんですか?」


絶対的服従をさせるかのような威圧感がある後ろ姿に聞いた。


「飯食うぞ。」


またもやぶっきらぼうな声は、美海の返答など無視しているようだった。


「私、お弁当なので。」


「知ってる。俺が注文してくるから、あそこの席に座ってろ。」


指さされた場所は、カフェテリアの中心部だった。


「え?あそこ?」


躊躇する美海に和正の顔がしかむ。


「分かりました。私は、勝手にお弁当を食べますから、お話があるのならどうぞ後で来てください。」


美海は、くるりと和正に背中を向けると、わざとカフェテリアの片隅のいつもの席に座った。


(なんで私があちらの世界に引き込まれなあかんねん)


美海には、美海の世界がある。生き方がある。

生活スタイルがある。

勝手に呼び出しておいて、勝手にあちら側の世界に引きずり困れる筋合いはない。

中央の席には、ロングのワンピースに巻き毛の女の子とジーンズにロングカットソーのスタイリッシュな女の子が楽し気に食事を楽しんでいる。

その席だけではない。

自分以外の周りの席には、独りで座っている学生はいない。

皆、誰かと食事を共にしている。

美海も要と食べることはある。

しかし、それは、週一回程度だ。

要は、学科が違う。

要の友人グループには、入りにくいし、入ろうとも思わない。

おひとりさまは、平気だが、敢えて中央でそれを繰り広げようとは思わない。

美海は、いつもの慣れた手つきでリュックのチャックを開けると綺麗に横置きに固定されていたお弁当を取り出した。

桜の花びらの模様のランチマットに曲げわっぱのお弁当箱。

中には、昨日の夜に作り置きした具材がきれいに積み込まれていた。

今日は、お天気も良かったので外でお弁当を食べようと思っていた。服装も黒のチノパンにボーダーのカットソーと何ともラフだ。

美海がお箸でお弁当箱をつつこうとした瞬間、前の席がかたんと音を立てた。

よだれが落ちそうなハンバーグプレートがトレーの上に乗っている。

あまりじろじろと見ないようにしながら美海は、自分のお弁当箱に集中した。

するとコトンとお弁当箱の横にスープが置かれた。美海がふっと顔をあげると


「飲めよ。」


和正が一言言った。

和食にミネストローネは合わない気がするが、いただけるものは有難くいただく。

美海は、ぺこんと頭を下げるとスープに手を伸ばした。

温かい食事は、身体を温めてくれる。

ほっとため息をつくと、前の美しい口元がふっとゆるんだ気がした。


「課題のことなんですが・・。」


美海が口を開けた瞬間


「その弁当って自分で作ったの?」


「はっ?」


またあらぬところから矢が飛んできた。


「ええ、まぁ。自分で作ってますけど。」


「料理得意なのか?」


「まぁ。それなりに。」


「ふーん。その唐揚げおいしそうだな。」


和正の視線が弁当箱に向けられている。


「唐揚げは割と得意です。」


(なんやこの会話)


課題をやらないと言ったり、勝手にお昼を一緒に食べようとしたり、唐揚げを狙うような目で見て来たり、本当にこの桜和正という人間がよくわからない。

美海が困惑した表情をしていると、和正の顔が正面を向き直った。


「課題のことだけど、俺は独自でやる。」


「はい?」


和正の唐突な発言に少々声が裏返ってしまった。


「だから、同じテーマで取り組んだとしても、俺は、俺のやり方で構成を考えてまとめる。そっちは、そっちでまとめたものを提出すればいい。」


淡々と話す和正に何から聞けばいいか分からない。


「ちょっと待ってください。なんで一つのグループで二種類の課題を提出するんですか?それだったら、私たちが桜川さんのやり方に併せて一緒に取り組めば・・。」


「俺、人と一緒にやりたくないんだ。人に任せるとどうしたって自分の考えとのずれが生じる。そういうものを作りたくない。だからグループとしてテーマは同じにして二種類の課題発表があってもいいだろう。」


「何を言ってるんですか?この授業のシラバスに五人で協力し合い課題に取り組んで発表すると書いてありましたよ。意見をすり合わせる事自体、グループ課題をすることの意義ではないですか?」


おひとり人生の自分がよく言ったと思われそうだが、ルールはルールだ。ルールからは逸脱しているのは、容認できない。これは、見逃せない。美海は、考え込む和正の顔をおずおずと見た。


「人と取り組むことが嫌なら、何故この授業を受講したんですか?」

和正の根本的な考えがよくわからない。


「そんなの決まっているだろう。産業文化に興味があるからだろう。」

きっぱりと言い切った和正の発言に萎縮感が生まれた。


(学びたいこと学ぶって事か)


やりたいことをやらせてもらってきた環境。だからこそ、こんな課題ルールさえ無視する考えが生まれるのだろうか。


(ルールや評価に囚われている私は、小さいってことなんか)


それでも皆、やりたいことばかり出来るわけではない。ルールがあれば、それを遵守する。課題があれば、全力で取り組む。これは、生きる上で基本的なことではないだろうか。美海が黙り込むと、和正が口を開いた。


「分かった。教授には、俺から許可をもらっておく。」


「分かりました。」


(教授は、了承するんやろうか。この人が言うんやったらするんやろうなぁ)


美海は、口をつぐんだ。これ以上和正と会話をしたくはない。育ってきた環境が違うという事は、ここまで会話を平行線にするものだろうか。そう思わずには、いられない。ちょうど時計の針も十二時四十五分を指そうとしている。急いでお弁当を食べて立ち上がろうとした時、和正が声をかけた。


「あんた、合コンセッティングしようとしてるんだって?」


なんでその事を和正が知っているのか。美海は驚きながら和正の顔を見た。


「食事会の事でしょうか?九条さんに開催をお願いいたしました。」


「あぁ、その食事会ね。場所どこ?日時は?」


「まだ未定です。」


課題の大部分との交換条件として九条にお願いした食事会は、和正まで参加予定だったのか。


「じゃあ俺の家を提供してやるよ。」


「家ですか?」


正直なところ、食事会がどこで行われようとどうでもいい。しかし、女子学生と取引した以上、さっさとこの取引を終わらせたい。


「その代わり、条件がある。」


「またですか!」


「唐揚げを作って欲しい。」


美海の目が大きく開いた。


「弁当箱に入っていた唐揚げを作ってくれ。後の料理はケータリングでもかまわないから。」


「唐揚げが食べたいんですか?」


「あぁ。」


「桜川さんのお家で食事会に出す唐揚げを作ってほしいということですか?」


「そう。材料費は全部出すし、キッチンも自由に使ってくれていい。作ってくれたら日当五万円出す。」


「ご、五万!」


はっきり言って、食事会の席を設けると約束したが、自分が参加しようと思ってはなかった。やりたい人がやればいい。自分は、そんな食事会などに使う時間はない。そう思っていた。しかし、お金が稼げるとなると別だ。


「あぁ。日時は、再来週の金曜日の七時からでどうだ?」


美海は瞬時にバイトのシフトを思い出した。来週の金曜は、五時までにコーヒーショップのバイトを上がる。それから大急ぎで買出しに行って作り始めれば、何とか間に合う。


「分かりました。お引き受けします。」


「よし、じゃあ家の地図を送っとく。後、九条達にいってメンバー集めておく。」


和正は、そういうと、食べ終えたプレートを持って立ち上がり、さらりと美海の横を通り過ぎ行ってしまった。

美海も次の予定に移ろうと、その黒いリュックを背負いなおした時、後ろから数人の足音がした。


「ちょっと、田中さん!どういうことよ!」


「どうやってプリンスとランチの約束をしたのよ?」


「さっきプリンスと何を話していたの?」


矢次早に女子から責められた。


「ちょうどいいところにいらっしゃいました。先日言われた食事会の日時が決まりました。」


女子学生たちの目が輝きだすのに一分とかからなかった。

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