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分刻みの回想

午前十時二十分。


エントランスの風景。

溜まっているメンバーはいつもの顔ぶれだった。

そのまま雑誌に掲載されそうなファッションの男女。

大学に来てもまともに授業にも出ない内部生たち。

その横を黒い岩のようなリュックサックをのっしりと背負い、背中まで伸びた髪を一つにまとめ足早に通り過ぎていくのは、美海の日常だ。

しかし、問題は、その通り過ぎた先で起きた。

ぶつかったのだ。猿山のボスに。いや違う。内部生のボスに。


(い、痛い・・)


校舎口自動扉入ってすぐの場所、誰だと思って顔を上げると整った顔が目を大きく開けて睨んでいる。

エントランス前に溜まっているボーイは、あくまでエントランスボーイであって、校舎の中にまでいることはあまりない。

彼らはみな、レポートのみで単位が取れる授業を好み、出席を必須とする授業を敬遠した。

この大学の授業一コマが一体いくらなのか、計算もしたことがないのであろう。

美海には、エントランスボーイ達は全くの浪費学生にしか見えなかった。

そのキングオブ浪費学生に校舎内でぶつかった。

ドーンと派手に。


「すみません。」


意外とがっしりとしていた胸板に跳ね返り、鼻を抑えながら謝った。幸い眼鏡をしていないので破損するものは何もない。

声は、もちろんくぐもり、男女の境界線を貫くほどのアルト声だ。

相手は、三十センチほど下でバランスを崩しかけている岩のようなリュックサックを背負った美海をじっと睨んでいた。


(なんで睨むんや。)


ぼろぼろのスニーカーで床を力強く踏み、体勢を立て直した。

危うくリュックサックの重みで後ろにひっくり返り、」自動扉に挟まれるところだった。

さっと不躾な相手から身を離すと美海は急ぎ足で教室へと向かった。


「ぶつかった。」


「何に?」


ドサッとパンパンに積み込まれたリュックサックを講義室の一番前の長机に置き、ぶっきらぼうに言った。

学友の要がちらっと見上げた。

要は、美海と同じ外部生だ。

約半数は居ると言われている外部生は、三つのグループに分かれている。

内部生に迎合するエセ内部生、外部生の中でもセレブグループを形成する成金生、そして美海たちが所属する庶民外部生だ。

この庶民外部生に出会うのは、特に難しい。

皆、大学デビューやら初めての独り暮らしやら玉の輿狙いやらなんやらで垢ぬけていくのだ。

垢が落ち、こすれ落ち、そして内部生へ尻尾を振っていく。

女子学生は、段々露出をし、用もないのに理系校舎へ日参されている。

男子学生にいたっては、就職に有利な御曹司を見つけては、サークルの勧誘をしている。

この大学の学生に対する美海の見解は、かなり歪んでいるが、格差社会を目の当たりにするようなものだった。


「キン浪にぶつかった。」


「あぁ。プリンスね。」


美海は、プリンスとは呼ばない。キングオブ浪費家略してキン浪。何がプリンスだ。


「そしたら、めちゃ睨まれたわ。」


抜けきらない関西弁がついつい出てしまった。


「まぁ、難癖つけられなかっただけ良かったじゃない。」


あっさりと答えた要は、もうすでに授業集中モードだ。

このど真面目な友人のこういうところが好きなのだが、今回に関しては、愚痴を聞いてもらいたい。

美海は、もやもやした思いを抱えながら同じく集中モードへと入った。




午後十二時十五分。


「あの人たちって特権意識が強いから私たちのことなんて虫けら同然に思っているんだろう。」


「虫けらって・・・。」


要は、美海に一くくりに虫けらにされ、心外そうな顔をした。


「だってそうじゃない。ここの大学の設備は、ほとんど彼らの親からの寄付金でまかなわれているって話だし、大学側だって明らかに内部生を優遇している気がする。」


「でも頑張っている学生を評価しない大学でもないじゃない。現に美海は、受講しているほとんどの授業でA+だったじゃない。」


「まぁ・・確かにそうだけど。」


それでもほとんど出席もしていない内部生たちに単位をばらまいているのもどうだろうか。

だが、その内部生の寄付のおかげでこの美しいカフェテリアに座っていられる。

美海は、綺麗な三角型のおにぎりにかぶりつきながら、なんともやりきれない気持ちになった。

一食千八百円のランチプレート。

惜しげもなく広げながら楽しそうな声が飛び交う。

そのカフェテリアの隅でお手製のお弁当を広げる美海と要。

一体何があの子たちと違うのだろう。

どうがんばったって自分はカフェテリアの中心には行けない。

あの世界には入れない。

生まれ堕ちた世界、これからの未来。

同じ空間に居ながら断絶した世界の中で生きている。

美海が一年間この大学の学生となって痛感したことだった。だから思うのだ、あんな世界に行けなくたって別にいい。


「ぶつかったのがプリンスだなんて幸運じゃない。」


「へっ?」


「だって、プリンスと言えば、大手自動車メーカーの御曹司。しかも家柄はあの桜川将軍家家の血筋でしょう?もちろん幼稚舎からこの学校に通い、スポーツ万能、容姿端麗。彼を知らない人は、この大学の学生じゃないって言われてるじゃない。」


「外堀は有名でも、中身がなかったらね。」


「プリンスは、そんなに遊んでないって話だよ。真面目に授業にも出てるし、サッカー部でも活躍しているみたいだし。」


「それは知らない。」


「美海はさ、一度こうだと決めてかかってしまうと、その物事の側面をあまり見ようとしないで

しょう。エントランスボーイ達だって、まぁ中には遊んでいる人もいるけれど、学業もしっかりやっている人もいる。いつも同じ顔ぶれがあそこにいるわけじゃないんだから。」


「え?いつも同じメンバーじゃないの?」


「何言ってんのよ。メンバーなんてよく変わってるじゃない。いない人は、授業に出てるか部活動してるか、インターンに行ってるかしてるらしいよ。」


「それでこそ大学生だ。」


美海の世界は、閉鎖的な世界だ。

大学の友人は要一人。

後は、バイト先のメンバーと業務連絡を取り合うのみ。

時間がないためサークルも部活も入ってない。

わずかな大学滞在時間に得られる情報のみが認識となっていた。


「あ、そろそろ時間だ。」


美海の時計が十二時四十五分を指している。

昼の食事時間三十分間。

講義が十二時に終わり、カフェテリアまで十分。

午後からも授業がそれぞれにあったが、別の校舎での授業であったため、カフェテリア前で別れた。



午後十二時五十五分。

美海が再び、ホームグランドである工学部の前の校舎に戻ると、エントランスボーイ達がひそひそと話しながら美海をちらちらと見ているような気がする。

足早に通り過ぎようと速度をあげようとした瞬間、


「あの、すみませんっ!」


背中に声がかけられた。

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