NO.0.9/序章
だったら感情を捨てればいい。
嬉しい、楽しい、悲しい、悔しい・・・全ての感情を封印して、何にも期待せず、なるがまま、なされるがままに、ただ淡々と生きるんだ。
俺は無関心という関心の中で、ただ渦を描くかのように廻り続ける。
そうだ。
何かを想って生きる事が、こんなにも、・・・つらいのならば。
今日、俺の友人が死んだ。
交通事故だった。
自転車で二人乗りをしていて、そいつは後ろ側だった。
そう、きっと二人で楽しく何気ない会話でもしている最中、青信号の横断歩道をもう少しで渡り切るって時に、信号を無視したトラックの運転手がそのまま二人の乗ってる自転車に突っ込んで・・・・・。
たまたま人気の少ない通行路だったんだ。
運が悪かったとしか言いようがない。
トラックは別にそんなにすごいスピードで走っていたというわけじゃなかった。
だから、二人は自転車から先の歩道に身を投げ出されたくらいですんだんだ。
そう・・・、すんだはずだった。
―――夏希。
あまりにも一瞬の事で、何があったのかわからなかった。
立ちくらみで歩きにくくて、視界がぼやけて前が見えなくて、それでも彼女はどうなったかと、懸命に立ち上がり辺りを見渡した。
ふらつきがちな身体を叱咤し、なんとか動かして、彼女の名前を呼びながらどこにいるのかもわからない彼女へと手を伸ばして。
―――夏希。
彼女を求めて彷徨う腕、脚、眼。
そして、ふと俺の視界に入った色。
トラックの過ぎ去ったアスファルトの地面に広がる液体、赤より少し黒い・・・。
それは、―――血の色だった。
止まることを知らず、どんどん広がっていく血。
そして、その中には。
気づいた時にはただ無我夢中に走り出していた。
身体の全感覚が麻痺している気がして、俺が彼女の名前を叫ぶ声も、足音も、木々のざわめきも、風の音も、何一つ俺の耳には入ってこない。目の前が真っ白になって、走っているはずなのに、まるで立ち止まっているような気分だった。
俺にとってそれは、それほどの衝撃だったんだ。
―――夏希。
あっという間に血溜りができ、その中に力なく倒れこんでいる彼女。
彼女の顔は真っ青で、指一本すら動かない。
血があいつの身体を染めてゆく。
俺は、ただ目の前の光景が信じられなかった。
ふと、脳裏を過ぎった可能性、俺は、それを首を振り否定した。
そんな事はない。
あるはずがない。
だって、ついさっきまで自分の後ろにいて、楽しく笑い合っていたはずなのに。
その彼女が、なんで・・・こんな。
俺は彼女の身体に触れ、今度は恐る恐る名前を呼んだ。
「・・・・・・・・なつき・・?」
彼女は、答えなかった。