初恋の呪い
「高宮君、好きです。付き合って下さい」
茜色に染まる教室で、少女の願いを込めた言の葉がふわりと少年を包み込んだ。
「ごめんなさい。七瀬さん」
一瞬にして色を失った教室で、少年の憂いを帯びた言の葉がちくりと少女を傷つけた。
「どう……して……」
「それは……」
高宮は言葉を続けるべきか否か迷った。しかし理由を告げずに振るのは、不誠実であると思い、覚悟を決める。
「僕は君に幸せになって欲しい。僕の初恋であり、今なお好きな人は……七瀬さんだから」
「なっ!? どどどどいうこと? というか初恋っ!? 私と一緒じゃん……」
思いもよらぬ告白に七瀬の悲哀が吹き飛ぶ。
「七瀬さんは恋のゴールって何だと思う?」
「それはまぁ……結婚……かな」
「僕もそう思う。もちろん結婚は通過点であるとは思うけれど、少なくとも恋における大きな区切りであり、大きな幸せだと思う」
「……それで?」
「だけど初恋でそこまで到達できる確率は限りなく低い。七瀬さんも噂で聞いたことあるんじゃない? 『初恋の呪い』だよ。初恋は失敗する。だから僕はキミを幸せにできない」
高宮も七瀬もうつむいていた。だが、その意味は違う。高宮は悲しむため。七瀬は――
「ちょ! 七瀬さん!?」
走るためだった。高宮の腕を引っ張り、あれよあれよという間に校門を抜けていた。
「高宮くんはさぁ……はぁ……はぁ……神様と悪魔……どっちのが強いと思う」
依然として走りながら、七瀬は問いかける。
「神様かな。少なくともそうであって欲しい」
「ふふっ。私もそう思う」
踏み面の広い石段を上り、じゃりじゃりと小石を踏み鳴らし、石畳を駆け抜けた先には、
「ここは……神社……」
「そうだよ、高宮君。悪魔の呪いに怯えるなら、神の救いを祈ればいい」
七瀬は賽銭箱の上で財布をひっくり返し、手を合わせる。高宮も慌ててそれに倣う。
「それにさ、高宮君」
祈りを終えた七瀬は、高宮の方へ向き直る。
「私は初恋の呪いにウジウジ悩む高宮君のこと嫌いになった。けどすぐに、でもこれは私のためなんだって思ったらまた好きになった。つまりこれは初恋ではなく二度目の恋。私の初恋の呪いはこれで消えた。それに――」
七瀬はファイティングポーズをとると、
「ごふぁっ!?」
思い切り高宮の腹を殴る。それから腹を抱える高宮を起こし、抱きしめた。
「はい。これで高宮君は私を嫌いになったけど、また好きになったでしょ。解呪完了」
トクンと高宮の心臓が高鳴る。それが答えだった。
「七瀬さん、好きです。付き合って下さい」