凄い見てくる
香奈&五十嵐さんストーカー事件から一夜明け、俺はいつもよりかなり早めに家を出ていた。理由は、万が一にも朝からストーカーされたらたまったもんじゃないからだ。弱みでも見つけたいのか知らんが(昨日色々考えてこの結論に至った)、あんなに見られてたら息が詰まってしょうがない。
授業開始の25分ほど前に学校に着いたので、教室には誰もいなかった。朝、雅紀に連絡したら今日は学校に来れるとのことなので安心だ。ふう、昨日は大変だったけど、今日は平和な1日を過ごせそうだ。それに、今日が終われば明日は土曜日。そしてそのままゴールデンウィークに突入する。そうなれば、もう香奈と五十嵐さんは昨日のことなんて忘れているだろう。いや、もしかしたら、昨日のストーキングなんてもう忘却の彼方かもしれない。そうであることを願おう。大丈夫、大丈夫……。
全然大丈夫じゃなかった。1,2時間目が終わり、いつも通りに雅紀の席のほうにきているのだが、香奈がめちゃくちゃこちらを見ている。いや、その隣で五十嵐さんも、ちらちらとこちらに視線を送ってきている。これ、雅紀も気づくんじゃないか?あ、あと、今日香奈は時間ギリギリに登校してきた。
「なあ、康太」
「……なに?」
「いや、わかってるだろ?昨日何かあったのか?」
「なななな何もなななななかったよ?」
「なんでそんなに露骨に怪しい感じ出すんだよ……」
やっぱり気づくよね。そんなレベルで見られてた。怖い怖い怖い怖い。俺なんかした⁈いつの間にか地雷踏んじゃってたの⁈虎の尾の上で鬼ごっこしながら龍の逆鱗引きちぎっちゃいましたみたいな感じ⁈
「ま、まあ、そんなことより、昨日の授業の――」
「いや、そんなことじゃねえよ。あれどう考えても最優先事項だろ」
誤魔化せなかった。
「誤魔化せなかったって顔になってんぞ。てか、あれ絶対俺も見られてるよな?ほんとお前何やったんだよ」
「いや、どちらかというと俺が被害者というか……」
「あれ、加害者って感じじゃねえんだけど」
「確かにそうは見えないけど、ほんとに俺が被害者なんだって!というか俺があの二人に何かするわけないだろ!」
「まあそれは確かに……。で、被害者ってのは?」
「あー、えっと、ストーカー、的な?」
「は?」
そりゃあそんな反応になるよね。あの二人はどっちかというとストーカーする側よりストーカーされる側だ。容姿的に。香奈は黙っていれば黒髪ロングの美人さんだし、五十嵐さんはポニーテールで凛とした雰囲気のしっかり者って感じだ。俺は顔は普通で中肉中背って感じで……まあ、地味で目立たない。
「お前、霧嶋となんか知り合いだったりするの?」
「え……」
「お、当たり?」
あ、露骨にそうですよって反応をしてしまった。突然聞かれたもんだから驚いて誤魔化したりできなかった。……もう、今更誤魔化せないな。
「あー、えっと、そうだね。今更なんだけど、……一応、幼馴染だったというか……」
「ええ⁉」
「え、なに?」
「自分で聞いといてなんだけど、喧嘩した中学の時の友達とかなのかと思ってたから……」
何ということだ。まだ誤魔化しが効く範疇だったらしい。
「でも、あんな感じってことは仲がいいわけではないのか?……うん??……もしかして昔付き合ってたとか」
香奈と五十嵐さんの方を見て、不思議そうな顔をしたと思ったら、そんなことを言ってきた。
「中1までは家で一緒に遊んだりしてたんだけど、中2になったくらいに『一生話しかけるな』って言われて……。付き合ったりなんて考えたこともなかったかな。妹みたいな感覚だったというか」
「はえー、そんなことが……。なんかもっと男女のドロドロした感じなのかと思ったんだが……」
「いや、ドロドロとは違うのかもしれないけど、結構暗い話じゃない?」
「そうじゃなくてなあ、何というか、ちらちら見てくる感じとかよく見てみると、うーん……」
「ほんとになんであんなに見てくるんだろうね?話しかけるなって言われてから昨日まで一度も話してなかったんだよね」
「あ、昨日話したんだ」
「あーいや、俺が自分の席に座ってたら、話しかけられてさ。急に話しかけられて怖かったから、すぐ逃げたんだけど……」
「お前、幼馴染から逃げんなよ……」
「いや、だから幼馴染だっただけで、今はただのクラスメイトだよ」
「……だいぶ前の海鮮丼のときも、お前を追いかけてきてたんじゃねえの?」
「いや、だからなんでよ」
「そりゃあ、そうだなあ、仲直りがしたいとか?」
「いやいやいやいや!……今更そんなことないでしょ。3年も前の話だし」
「そうかあ?まあでもそういうことなら気にすることもないか」
こいつ、あんなに見られてるのにそれだけで済ませるとはなかなか図太いな……。そういうやつだとは知ってたけど。
「幼馴染だってんなら、見てきてる理由もお前のことだろうし、俺が気にしてもしょうがないからな。まあ、何かあったら言えよ。というわけで、昨日の授業のノート見せて」
「はあ……、だから幼馴染だっただけだって。はい、これ昨日のノート」
「あざーす」
うーん、……仲直り、か……。いやいや、ないな。人への感情なんて、関わりが薄くなればそれに応じて、薄くなっていくものだろう。中学の時の友達とか、遊ぶことも少なくなって、連絡を取る頻度も減っている。香奈だって、絶縁されて最初の頃は顔を見るのもつらくて逃げたりしてたけど、今では一応クラスメイトとして関われるくらいにはなっている。いや、昨日はすぐ逃げたけど、一応会話したし。多分あっちの意図も酌めてたし、会話できてた。うん。いや、酌めてたらストーキングなんてされないか?……いや酌めてなくても、ストーキングはしないと思うけど。
何はともあれ、多分香奈の方も同じだと思う。香奈は俺のことをクラスメイトとして認識しているはずだ。俺が多分なんか逆鱗に触れて(全く記憶にないけど)、「あいつうざいわあ。なんか弱みでも握ったろ。あ、あいつそういえば幼馴染だったやつじゃん」みたいな感じだ。あんまり想像つかないけど、これが一番しっくりくる。……くるか?これだと普通に危ないやつだな。流石にそんなやつじゃないと思うんだけど……うーん、でも仲直り?それはそれでしっくりこない。うーん…………。あ、香奈か五十嵐さんのどっちかが雅紀のことが好きで、いつも隣にいる俺に仲を取り持ってほしいとかならあり得るかも。なんだかんだで雅紀はいいやつだ。顔もちょっと目つき悪いけど俺よりはイケメンだし。まあ、香奈も五十嵐さんも雅紀との接点がないと思うから考えにくいけど。
……全然わからないわ。いいや。時間が解決してくれるのを待とう。わからないこと考えててもしょうがないよね。
「なーなー、これってどういうことだ?」
渡したノートをしばらく眺めていた雅紀がそう聞いてくる。そこから雅紀の質問に答えていたら、20分休みが終わってしまった。
20分休みの終わりを告げるチャイムが鳴り終わると同時に、俺は自分の席につく。……?前からすすり泣くような声が聞こえてくる。
……え、どうしたの?大丈夫?