逃げられた
「うん?……どうしたの?霧嶋さん」
コータはそう答えた。霧嶋さん。そう呼んだ。昔みたいに香奈とは呼んでくれなかった。
「?……、あ、この席使う?いいよ」
「え、いや……」
そう言ってコータは席を立ち、どこかへ行ってしまった。
………………。
「えっと、香奈?」
伊織が、コータが席を立ってしばらくしてからそう話しかけてきた。様子をうかがうような感じで、見てくる。そんな伊織を引っ張って、私は教室から出る。そしてやってきたのは同階の人の少ない実験室の前。
…………。
「え、泣いてんの⁉」
「うっ、だっでぇ、霧嶋さんって、うぅっ、霧嶋さんって……」
「えぇ……。……それだけで……?」
「昔は香奈って、呼んでくれだのにぃ」
「そんなんなるくらいなのに、今まで何してたのさ……」
「うぅ……何度も話そうとはしてたんだけど、ずっと避けられちゃって……」
「すぐ謝ろうとは思わなかったわけ?」
「さ……」
「さ?」
「最初のうちは、いつもと違う感じが楽しくて……でも、ふとした時にコータに会いたくなって、……でもその時には話しかけられない感じになっちゃって、それで……時間が経つほど話しかけにくくなっちゃって……。今までずっとクラス違ったし……」
「はあ……」
今まで誰にも相談しないできたからなのか、親友が聞いてくれるとなるとためていたものが口からこぼれてくる。
「嫌だよぉ……このまま話せないままなんてぇ……ぐすっ」
3週間前、張り出されたクラス分けの紙を見て自分の名前の下にコータの名前があったとき、神様が自分にもう一度チャンスをくれたんだと思った。自分のせいで、完全に疎遠になってしまった幼馴染ともう一度やり直せるかもしれないと思った。伊織も背中を押してくれて、もしかしたら、話しかけたら昔のように返してくれるかもしれないと思っていた。そんなことはなかった。せっかくチャンスだったのに。霧嶋さんと呼ばれたことで、もう本当に二度と仲良く話すことはできないようなそんな気がしてきた。うぅ……もう、もう――
「せいっ!」
突然頭に軽い痛みが走る。伊織の手の形を見るに、頭にチョップをされたらしい。
「一回うまく行かなっただけでそんな顔しない!そもそもの原因は自分なんだから、そんな顔で泣いてたってしょうがないでしょ!」
……胸が少しすっとした。そう言ってくれたことがなんだかうれしかった。悩んでいたら相談に乗ってくれて、ダメなところは指摘してくれて、勇気が出ない時には背中を押してくれて、落ち込んでいる時には励ましてくれる。今日一日で、伊織に本当にお世話になった気がする。
「今回はダメだったけど、また次話しかければいいでしょ。何回も話しかけてればちゃんと話できることも絶対あるから……」
その親友がこういってくれているということが、私に決意をみなぎらせた。
「うん。……また話しかけてみる。また昔みたいに仲良く話せるようになるまで、頑張ってみる!」
「うん、頑張れ」
「……あ、ありがとね」
「ううん」