新たな関係
キーンコーンカーンコーン………キーンコーンカーンコーン…………――――
閉会式が終わり、3年2年1年の順で椅子を教室に戻して、最終の点呼が終わった。
「じゃあ、今日はお疲れさま。気をつけて帰るようにな」
山本先生がそう言うと、途端にクラス内がガヤガヤと騒がしくなる。先生が「静かにしろー」というまでもこんな感じだったので、クラスメイトの話している内容は大体わかる。
「霧嶋、五十嵐、これからみんなで打ち上げしようってなってるんだけど、行かない?」
みんな、とは言っても断る人は断っているので、全員というわけではない。そして、私の返答も決まっている。
「ごめん。私はいいや」
「えー!香奈ちゃんこないの!?MVP級の活躍だったのに!」
「MVPなら、長距離走った人たちのほうがMVPだよ。配点高いし」
「っ……。じゃあ、霧嶋は不参加か。五十嵐は?」
「せっかくだし、私は行こうかな」
「おっけー」
行かないのは、コータが断っているのを聞いたから。コータと話がしたいので、コータが行かないなら私も行かない。……伊織は行くんだ……。いつも一緒にいたので、こういうときに私が参加しないで伊織は参加するというのはあまりなかった気がする。
そんなことをしていたら、後ろから、椅子を引く音が聞こえる。百山君の声も聞こえて、コータが帰ろうとしているのがわかる。
……やばい。まだ、話がしたいということを言えていない。
「あ、じゃあね。また来週」
後ろを向くと、それに気づいたコータがそう言う。
「あ……うん。……じゃあね」
「はあ……」
ため息が聞こえる。聞きなれている、というとずっとため息をついているみたいだけど、割とよく聞くため息だったので誰のものかはすぐに分かった。
「今、言えばよかったでしょ……。わからないでもないけど、そんなんじゃいつまで経っても話せないよ」
「……」
何も言い返せない。あー……今、なんで言わなかったんだろ……。
「追いかけたら?」
「うー……、……うん、そうする」
そうしよう。……話しかけられるかな……?話すようになって1週間たつけど、私からコータに話しかけたのはさっきのコータに飲み物を渡した時だけだ。それも、飲み物を渡すという明確な行動をする予定だったからできたこと……だと思う。
いや、そんなことを言っても仕方ない。取り合えず、早く追いかけよう。
「じゃあね、伊織」
「うん。あ、廊下は走っちゃだめだよ」
~~~
……なんで、あの時私は話がしたいって言わなかったんだろう……。
またそんなことを思ってしまうくらい、話しかけられないでいる。……もうすぐ、家の最寄り駅についてしまう。いまは、同じ車両にいるのだけど少し離れた所にいて、コータは携帯をいじっていて私に気付いていないみたいだ。
……なんか、前にも同じようなことをしていたな……。あの時は伊織も一緒に来てくれていたけど。……あの時は、駅から家までの道をコータが走って逃げてしまったんだっけ。
……電車を降りたら、話しかけよう。
そんな決意をして、そう時間が経たないうちに電車は家の最寄り駅につく。コータは、改札に行くのに最短距離で行けるドアの位置にいたので、私より先を歩いて行ってしまう。駅の中で走るのは危ないので、急いで歩く。
じりじりと距離が詰まっていき、声が届く近さになったところで、意を決して話しかける。
「コータ」
「ん?香奈?」
「あの、ちょっと、話があるんだけど……一緒に帰ってもいい?」
「うん。いいよ、全然。道もしばらく一緒だしね」
返ってくるのは、軽い感じの返答。そんなこと、聞かなくてもいいのに、といった感じだった。
改札を出て、帰り道を二人で並んで歩く。もう少し暗くなってきていて、雲の隙間から顔をのぞかせている太陽のオレンジ色が強くなっている。
「えっと、話って……あ、話題になっちゃった件はごめんね」
「へ?」
「クラスメイトについ『香奈』って言っちゃってさ……いろいろ言われたでしょ?」
「あーうん。……いや、それは全然大丈夫なんだけど……」
「ほんとごめん」
コータはそう言いながら、ちょっと申し訳なさそうにして、やっちゃったという感じの顔をしていた。それは、小さい時にはよく見た表情で、若干の楽しさのようなものが含まれている感じがする。楽しさ……、楽しい、か……。コータは、私と一緒にいて、話してて、楽しいのかな……。
おばさん……コータのお母さんとの会話を思い出す。
『あの子最近楽しそうだから、仲直りできたんだって、すぐわかっちゃったよ。良ければまた昔みたいに仲良くしてあげてね』
『……私に、そんな資格は……』
『香奈ちゃん?』
『……あっ、いや、その、コータさえよければ……』
呼ばれて、挨拶をして、そのすぐ後の会話がこんな感じだった。ポロッと言ってしまった感じだったので、聞かれていないかと思ったのだけど聞こえてしまっていたようで、おばさんは真剣な顔をしていた。
『香奈ちゃん、人間関係に資格がどうとかは無いと思うよ。もしあるとしても、資格がないなら自然と関わらないようになっていくと思う。康太は香奈ちゃんと関わらないようにしてたりする?』
『いえ、そんなことは……』
『それなら、香奈ちゃんに康太と仲良くする資格はある。……康太に香奈ちゃんと仲良くする資格があるなら、仲良くしてあげて?その方が康太も嬉しいと思うから、ね?』
ちょっと、お説教のようになってしまった久しぶりの会話を、おばさんは「どうしても気になるなら、本人に聞いてみな」と締めくくった。
「コータ」
「なに?」
「私たち、さ……。今の私たちってさ、どういう関係なの……?コータは私のこと、どう思ってるの?……私って、コータとどう接したらいいのかな?」
「……」
自分のこうなるだろうという予想から、あまりにも外れていたから出てきた疑問。コータは幼馴染として接してきていると思う。でも、それが思い違いだったら、私がコータに幼馴染として接したら、コータに不快な思いをさせるかもしれない。思い違いじゃないとしても、私みたいなのがそれに昔のように答えていいのだろうか。でも、コータが幼馴染として接しているのに、私はそうじゃないように接するのは、コータに悲しい思いをさせてしまうんじゃないか。……どれが正解か、ずっと考えていたけれど答えは出なかった。
……しばらく経っても、コータからの返答が返ってこない。
こんなこと聞くべきではなかったんじゃないかという不安が襲ってきて、地面に向けていた視線をコータに向けると、コータは驚いた表情で私を見ていた。
目が合うと、ふっと視線をそらされる。
「……あー、どんな関係、か……。……うーん、やっぱり、幼馴染になるんじゃない?」
「……私なんかが、コータの幼馴染でいいの……?」
「どういうこと?」
「……だって、あんなに酷いこと言ったんだよ?コータのこと傷つけて、それなのに、ちゃんと謝ることもできなくて……私には、コータの幼馴染でいる資格はないんじゃないかって……」
そう言うと、コータの足が止まる。私も歩くのをやめてコータの方を向く。様子を伺うと、また、驚いたような表情を浮かべていた。
「なんか……ほんとに変わったよね」
「え……?」
「いや、なんていうか……まだ、気にしてたんだって言うか……。昔は、なにかあっても謝ったらそれでおしまいって感じだったから」
実際伊織に注意されるまでそんな感じだったから、胸にグサッと刺さるような感じがする。
コータは私の方をじっと見つめている。そして、しばらくして口を開いた。
「……僕は、香奈とこうやってまた一緒に帰れて、嬉しいよ」
「……」
「一週間前は、ああいったけどさ……、また仲良くしてほしい。昔みたいにもっと気軽に接してほしい。色々あったけど、そんなに気を使わないで、香奈がやりたいように接してくれればいいよ」
「……いい、の?」
「うん。香奈とは幼馴染でいたい」
鼻がツンとして、目から涙があふれてくる。嬉しい。もう、昔みたいに、なんて絶対無理だと思ってた。そんなことを言ってくれるはずがないと思ってた。嬉しさと涙があふれて止まらない。
「……やっぱり、泣き虫なのは変わってないね」
涙で視界がゆがんで、良く見えないけど、コータはそう言いながら笑っていた。そして、私の頭にポンと手が置かれる。
……あったかい。
もう、絶対に前のような過ちは犯さない。絶対にこの手を振り払ったりしない。幼馴染として、一緒にいられるだけ、……一緒にいたい。




