仲直りがしたい
2年生になり、3週間が経った。俺は、学校にきて、鞄を置き、雅紀の席に向かい、授業開始ギリギリに自分の席に向かい、授業が終わると雅紀の席に行くという生活をしていた。昼食も雅紀の席の前の席に座って後ろを向いて食べていた。つまり、俺は自分の席にいる時間を最小限にしていたのだ。そんな俺に2年生になって最大のピンチがやってきている。
雅紀が……学校を休んだ。
これはなかなかやばい。逃げ場がなくなってしまった。まあ、熱があるということなのでしょうがないのだが。お見舞いにでも行ってやろうか。というかそれを口実に学校サボれたりしないかな……。絶対無理だな。雅紀のことより今は自分のことだ。うーん……。まあ、普通にしていればいいか。わざわざ話しかけてくることもないだろうし。うん。大丈夫だ。問題ない。
***
「ねえ、いい加減話しかけたら?」
「え?だ、誰に?」
「いや、柏木君に決まってるでしょ」
「ふえ!?」
「ちょっとこっち来て」と言って廊下に連れていかれたと思ったら、親友の五十嵐伊織がそんなことを言ってくる。
「え、もしかして隠せてるとか思ってたの?」
「いやいや!隠すとかそんな……」
「え、好きなんじゃないの?」
「す、好きじゃないし……」
「始業式の日に普段はいかないような店にいきなり行きたいって言いだしたと思ったらそこに柏木君がいたり、柏木君が百山君の席のほうに行ったときに毎回ちらちら見たりしてるのに?」
「いや……それはその……」
返答に渋ってると伊織はよくわからないといった表情を浮かべる。
「まあ、よくわからないけど、なんか相談したいことがあったら言いなよ。相談に乗るから」
事情があることを感じ取ったのだろう。気を遣ってそんなことを言ってくれた。
「えっと……じゃ、じゃあ、早速……いい?」
「早くない⁈」
「だって、今日中じゃないと話しかけられそうにないんだもん……」
「やっぱり話しかけたいんじゃない……」
「うぅ……」
すると、チャイムが鳴ってしまった。伊織は「じゃあ、20分休みにでも話そ」と言って席に戻っていく。
わたしも、急いで席に戻る。戻るときに、またコータのことをちらっと見るのだが、目は合わない。今まで、ずっとちらちら見てきたのだが、海鮮丼屋で少し目が合った時以外は全くこちらを見てこない。私が悪いんだ。本当に、本当に後悔しかない。
コータに、話しかけるなと言った後、少しの間はいつもと違う毎日が楽しかった。新しい環境にわくわくしているようなそんな気分だった。でも、1,2週間くらいたって、ふとコータに会いたくなった。特に何があったということもないのだが、コータと話がしたくなった。でもそれはできなかった。話しかけようとコータに近づいても、コータは逃げるようにどこかへ行ってしまう。いなくなって初めて、自分の中でコータがとても大きな存在だったことに気づいた。そのあとからは、何をしても、ここにコータがいたらと考えてしまうようになった。運動会も合唱コンクールも球技大会も、1年生の時と、コータと仲良くしていた時と比べると全然楽しくなかった。コータと一緒に居たい。コータと仲良く、ずっとずっと一緒に居たい。コータにも、そう思ってもらいたい。自分から遠ざけたというのに、そんなことを思うようになっていた。いや、近くにいなくなったからこそだろうか。私はコータのことが好きだったんだということに気づいた。
20分休みになり、次の3時間目の生物で使う生物科実験室に早めにやってきた。そのおかげで部屋には誰もいない。……1,2時間目は全然集中できなかったなあ。
「じゃあ、話してもらおうかな」
「う、うん、えっと……その、えっと、私と柏木君、コータは幼馴染なの」
「ええ⁉」
「え、なに?」
「いや……びっくりしただけ。……そのわりになんかよそよそしい感じだよね」
「うぅ……。そ、それでね……中学2年生の時の話なんだけど……その、当時の私って、おしゃれに目覚めたっていうか、それで、その……地味な感じのコータが気に入らなくて……『私に話しかけないで』って言っちゃって……」
「はあ?」
驚いたように、伊織が声を上げる。
「もしかして、それからずっと話してないの?」
「うん……」
はあ、と伊織はため息をつく。
「私には幼馴染なんていないからわからないけど、そんなこと言うってことは仲良かったわけじゃないの?」
「いや、一緒に家で遊ぶくらいには仲良かった……」
「それなのにそんなこと言っちゃって謝ってもないの?仲良かった人に『話しかけないで』なんて言われるの結構辛いと思うんだけど」
「謝ろうと思った時には、もう話しかけられる感じじゃなくて……」
「はあ……とにかく、そういうことなら今日は柏木君一人でいるみたいだし、今日謝りなさいよ。とりあえず横にいてあげるから昼休みにでも。はあ……、まさかそんな話されるとは思わなかったわ……」
少し叱られてしまった。でも、そのおかげで話しかける決心がついた。そうだ。まず、謝ろう。それで、とりあえず、また幼馴染として仲良くできるようにしたい。昼休みか……。頑張らないと!
3,4時間目は1,2時間目以上に集中できていなかった。そして来た昼休みの時間。やっと来たというような、来てしまったというような。
……そして、昼休みが始まって10分経った。……なんて話しかければいいのかわからない。最初のうちは「自分のタイミングで行けばいいよ」と言っていた伊織なのだが、今ではジト目で私を見ている。
「いつになったら行くのさ」
「だって……なんていえばいいかわからないんだもん……」
「いいからとりあえず話しかけなよ。もう柏木君お弁当食べ終わるよ」
コータに聞こえないようにした、小声での会話。その内容を確認するようにちらっとコータの方を見るとお弁当を食べ終わり、手を合わせて小さい声で「ごちそうさまでした」と言っている。ただ言っているだけでなく、感謝の気持ちが乗っているように感じる。そういうところは変わってないなあ……。そんなことを考えているとと小さい声で伊織が私を現実へと引き戻してくる。
「香奈!」
「はえっ」
「何ボーっとしてんの」
「う、うん……」
「ほら、横にいてあげるから」
親友が背中を押してくれている。体調不良らしい百山君には悪いけど、コータが一人のこのチャンスを逃してはダメだ。ここで話しかけないと、もうこの先も話せない気がする。よし、勇気を出して!
「あ、あの……」
「うん?……どうしたの?霧嶋さん」