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風邪

 気が付くと、背の高い、草に囲まれている。懐かしさを感じていると、いてほしい人がいてほしい場所にいた。場所は昔、二人で作った秘密基地。私が決めた専用の席にコータが座っている。


「コータ!」


「なに?かなちゃん」


 顔をあげるコータの手元には虫かごがあり、中には黄色い蝶々がいた。


「かわいいね!」


「うん。……でも、逃がさなきゃダメなんだよ」


「えー!」


 開けられた虫かごから蝶々がふわりと飛び出すと、ひらひらと飛んでいく。その様子をぼーっと見送る。


「香奈?」


「あっ。何?」


 突然の呼びかけに反応すると、コータの家のリビングでしているテレビゲームの私のキャラクターが自滅していた。チームを組み、2対2でCPUと戦っていたのに、私のキャラがいなくなったことで1対2の構図になってしまっている。


「大丈夫?」


「うん。ごめんね、ボーっとしてた」


「そっか」


 そう言いながらコータは1対2の状況からギリギリで勝ち、こちらを向いて「ほんとに大丈夫?」と言って私の額に手を置いてくる。


 コータのその行動で、嬉しい気持ちがあふれてくる。しかし、胸が満たされるような感覚を無視して、私の体は勝手に動く。


「大丈夫だって。心配しすぎだよ」


 そう言いながらコータの手から逃れるように下を向く。


 顔を戻すと、そこには誰もいなかった。


 場所は、中学校の下駄箱。足が動く。その行動は私の意思じゃない。でも、どこに行こうとしているのかは理解している。


 そして、その目的地――体育館裏に着く。視界に入ってくるのは、コータだ。……息が止まるような、そんな感覚に陥る。


 嫌だ。この先は、……やめて!お願いだから……!


 そんな想いは届くことはなく、やはり体は自分の意思では動かない。腕を組んで、高圧的な姿勢をとる。そして口が動く。しかし、自分の声は聞こえてこない。目の前のコータの衝撃を受けた表情だけが見える。


 胸がえぐられるような感覚を覚えると同時に、私はコータに向かって走り出していた。コータを抱きしめようとしていた。自分で傷つけたのに、なんとかしないとと思って走る。


 あと一歩、と言うところで足元の地面が消えてしまう。落ちる感覚の中で必死にコータに手を延ばす。でも、延ばした先には誰もいなくなっていて――



「いやっ!!」


 恐怖の感情に体を強張らせると体が跳ね上がるように起きる。息も上がっており、妙に寒い。


 ……あれ……?ここ、どこ……?


 あたりを見回すと、見慣れた自分の部屋であることがわかる。それを認識すると同時に今まで見ていたのもが夢だったのだということにも気付いた。


「はぁ……、ゆめ、かぁ……」


 夢の内容を思い返す。秘密基地から見た景色はおかしかったし、あのゲームがあるのはコータの家ではなく私の家。学校の構造も、高校が混じっていた気がする。でも、起きた出来事は蝶々もゲームも、なんとなく記憶にあるものだった。


 そして、最後のは……。


 不安で寒気がして、汗がつぅっと顎まで伝ってくる。


 はっとして部屋に置いてあるデジタル時計を見ると、9:07と表示されている。試験が終わった後寝坊をするのは、珍しいことじゃない。1年生の時に早くに寝たのに13時まで寝ていたこともあるくらいだから、むしろ早いほうともいえる。


 ……朝ごはん、食べに行かないと。


 ベッドから降りると、頭が重くてふらふらする。起きてから少し経つのに、未だに呼吸が整わない。自分の身体じゃないみたいに力が入らない。


 あ……、ダメだこれ。


 歩くのすら辛くて、ベッドに戻り携帯でお母さんにメッセージを送る。


『ごめん。風邪ひいちゃったみたい』


 すぐに既読がつき、ドアの開く音が聞こえて、階段を上がる音が続いて聞こえてくる。


「大丈夫?」


「頭、痛い」


「もー……、はい、熱測って」


 渡された体温計をわきに挟み、20秒ほどすると、ピピピピピピッ、という音が鳴る。見てみると、そこには38.1 ℃と表示されていた。


「あららー……、ずっと寝不足だったみたいだし、心配してたけど……。……まあ、試験が終わってからでよかったかもね……。病院行く?」


「大、丈夫だと……思う」


 私が悩んでいることも、寝不足だったこともお母さんは知っているからか、いつかこういうことになるだろうと想定していたような感じがする。


「そう、なら今日は一日ちゃーんと寝てなさい。何か食べたいものある?」


「ゼリー、とか……」


「わかった」


 おかあさんと伊織が心配していた通りになっちゃった……。……今日は、もう寝ているしかないな……。


 そう思って、目を瞑る。……そうすると、突然恐怖感が襲ってくる。……このまま寝たら、あの夢の続きを見るような気がする。夢の映像は、時間がたてばたつほど、頭の中から抜け落ちていく。でも、不安感、恐怖感だけは消えることなく胸の奥に突き刺さっている。


 でも、身体は睡眠を求めているようで、胸にぽっかりと穴が開いたような不安感と夢への恐怖の中、私は落ちるように眠りについた。



 次に目が覚めた時、頭痛は幾分かマシになっていた。


 ……あれ、いま、なんじだろ。


 時計を見ると15:42と表示されている。なんとなく、携帯を見ると、伊織からメッセージが来ていた。


『体調は大丈夫?』


 その下には、ウサギのマジシャンのスタンプ。心配するように首をかしげるシルクハットをかぶったウサギのスタンプだ。


 最初のメッセージが10時過ぎくらいで、30分後くらいにスタンプが送られているところを見ると、凄く心配して色々考えてくれたんだろうと思う。


『風邪ひいちゃったみたい』


『大丈夫?何か欲しいものあったら持っていくよ?』


 すぐに既読がついて、返信が来る。伊織の家からうちまで4、50分かかるのに迷わずそう言ってくれる。


『大丈夫』

『家に親いるから』

『心配させてごめん』


『そう。何かあったら言ってね。すぐ行くから。』

『あと、しっかり寝てね』


『うん』

『ありがとう』


 お大事に、と言うウサギのマジシャンのスタンプが送られてくるのを見て、柴犬の風邪をひいて寝ているスタンプを送って携帯を閉じる。


 体を横向きに変えて、また眠りにつこうと目を瞑る。その時、朝見た夢の最後の手を伸ばした時の映像が頭によぎる。


「っ……」


 反射的に目を開けると、机に上に置いてある空のペットボトルが目に入る。伊織が昨日、私に渡してくれたスポーツドリンクだ。


 あ……、そう言えば、お金渡してない……。


 それに気づくと、やっぱり私って、ダメだなと思う。


 ほんとに、ダメダメだ。いくら考えても自分の過去の行いは思い出せないし、昨日も結局何の成果もなかったし、その次の日には心配されていた通りに体調を崩してしまったし、飲み物もおごってもらっている状態になっていることにも気づいていなかったし……。


 そんなことを思っていると、私はいつの間にか、また眠りについていた。

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