席が前後になった
俺、柏木康太には幼馴染がいた。
名前は、霧嶋香奈。小学生の時まではよく一緒に遊んでいたので、兄妹みたいな間柄だと思っていた。いや、そう思っていたのは俺だけだったのかもしれないが。中学生になり、香奈はおしゃれに気を遣うようになった。それに対して俺は、どんどん地味になっていった。性格が小学生のころに比べておとなしくなったことが主な要因だろう。そんな俺が香奈は気に食わなかったらしい。
「もう一生私に話しかけないで。あんたなんかと幼馴染なんて、恥ずかしくて絶対みんなに知られたくないから」
中学2年生になり少し経ったある日、突然強い口調でこんなことを言われた。本当にショックだった。その日はそのあと、ずっとベッドの中で泣いていた。小学生の時に比べたら遊ぶことも少なくなったが、気楽に会話ができる間柄なんだと思っていた。幼馴染として、これからもずっと仲良くしていきたいと思っていた。そう思っていたのは自分だけで、香奈は俺のことを恥だと思っていたのだと知り、とても悲しかった。次の日に、もしかしたら機嫌が直って普通に答えてくれるかもしれないと思い、話しかけたのだが、「なんですか?柏木君」と言われてしまった。本当に、俺のことが嫌いになったのだとわかり、また涙が出た。そして、高校2年生になった今も会話はなく、完全に疎遠になっている。
思い出すだけで悲しくなるエピソードなのだが、なぜ約3年もたってそんなことを思い出しているのかというと、目線の先に香奈がいるからだ。色白のシミ一つない肌、長くきれいな黒髪、整った顔立ち。家の近くでたまに見かける香奈の姿がそこにはあった。
今日は始業式。今日から、高校2年生なのだ。学年が変わるのでクラス替えがある。そして新しい教室に来てみたら、俺の席の前に香奈が座っていた。俺の苗字は柏木、香奈の苗字は霧嶋。それで、席が前後になってしまったのだ。というか、同じクラスだったのか……張り出されたクラス割の紙にも俺の上に香奈の名前があるはずなのだが、気づかなかった。香奈の親とうちの親は、家が近いこともあり仲良くしているので、同じ高校に通っているというのは親経由で知っていた。でも、1年生の時は違うクラスで、クラスも遠かったのか見かけることすらほとんどなかった。それが2年生になり、突然席が前後。3年も経って、流石にかつての幼馴染のことを思い出すこともほとんどなくなってきたというのに、突然強制的に顔を合わせることになると辛いものがある。
まあ、授業中以外は友達の席に行けばいいか。幸い同じクラスに友達もいるし。これは本当にラッキーだった。俺は友達が少ない。というか同じ高校には、同じクラスになれたそいつ以外に友達がいない。うちの学校は6クラスあるから、6分の1を引けたというわけだ。まあ、うれしくない6分の1も引いているわけだけど。というわけで、荷物だけおいてさっさと友達のところに避難しよう。
「おはよう。雅紀」
「おー、康太。マジでよかったな同じクラスで」
「そうだね。2年生になって早々にボッチになるところだった」
「俺もだわ」
彼の名前は、百山雅紀。アニメや漫画、ライトノベルが好きで、いろんな作品をお勧めしてくれる。運動は得意で、特に中学でやっていたバドミントンはかなりの実力だったらしい。その代わりと言ったらなんだが、勉強が苦手。部活は入っておらず、帰宅部。因みに俺も帰宅部だ。お互い部活の友達がいないため孤立していた時、体育でペアを組んだことで仲良くなった。
「というか雅紀、主人公席じゃん」
窓際の一番後ろの席。そこが雅紀の座席だ。
「いやー、これも日ごろの行いが良いからだな」
「去年はひとつズレて一番前だったけどね」
「それは、当時の行いが悪かったからな」
「お前何やってたんだよ……」
「康太も席一番後ろじゃん。普段の行いが良いからだな」
「あーいや、それはちょっと怪しいかな……」
その後も、雅紀とくだらないことを話していると、チャイムが鳴ると同時に担任の先生がやってきた。山本陽介先生。数学教師だ。1年の時も、山本先生の授業を受けていたのだが、わかりやすく、当たりの先生だと言っていい。やったね。
クラスの生徒が席に戻ると先生は口を開く。
「はい、おはようございます。みんなの担任の山本陽介です。1年間宜しく」
そう簡単に自己紹介をすると、この後に控える始業式の話を始めた。山本先生が少し話をして、そのあとすぐに体育館に向かった。
そして体育館に着き、整列をするのだが……本当にきつい。出席番号順に並んでいるために、ずっと前に香奈がいるのだ。本当に逃げ出したい。はあ、本当にこれから先どうなることやら……まあ、一生話しかけるなとまで言われているわけだし、話すこともないか……