今年最後の祝日
2020年最後の祝日が終わり、呆然としているおっさんのおはなし
「今年最後の祝日が終わったぞ」
隣のじじいが言った。
少し前、ソファに腰掛けてぼんやりと明日のことを考えていたときに、じじいはわざわざ隣に座ってきた。
じじいもまた俺同様にテレビをつけるわけでもなく、黙って座っているだけだった。
だから気にはしていた。だが、そんなことを言うとは思っていなかった。
「じじいはいいよな、年金生活で明日も休みじゃん。わざわざ、嫌みを言いに来たのか?」
僕が言うとじじいは言った。
「お前があまりにも明日が嫌そうな顔をしているからな」
「誰だって連休が終わったら嫌な顔するぜ。わざわざ講釈をたれに来たのか」
「いや、働いていた時を思い出したんだ。俺も嫌だった」
そういえばじじいが65歳で仕事を辞めて3年がたつ。
年の割には少なかった白髪も年々増えているのは一目でわかる。
頬も少しやせて、しわが目立つようになってきた。
時間の経過は皆平等だ。
だから僕もその分、年をとった。
ただ、休日の終わりが嫌なのは10年前の学生の時から変わっていない。
変わったのは12月の天皇誕生日だ。元号が令和になって12月から祝日が消えた。
「何かを残していれば、多少は充実感があるもんだ」
「残す?」
「なんでもいい。写真でも良い、文章でも良い。何かを残せばその日が意味のあったものだと実感できる。意味があったのなら、休みが終わることに後悔はしない。俺はそういう過ごし方をしてきた」
「じじいみたいな意識はあいにく僕に持ち合わせてはいないね」
「多少、休日の憂鬱を減らすヒントを出しているんだ。ほら、きょう何をした」
相変わらずじじいは上から目線だなという言葉を飲み込んで、素直に何をしたか考えた。
朝起きたのが10時だった。
「朝起きて……昼飯食べて……アイマス三昧を聴いていたら21時になった」
それを聴いてじじいは黙った。
宇宙人の言葉を聞いたのか、そもそも聞こえていたのか。
反応はなく、無言だった。
「お前が聴いていたラジオか」
じじいは何とか声を出した。
「そう、部屋で聴いていたラジオ」
なぜラジオとわかったのかはわからない。
音が漏れていたのかもしれない。
「聴いていただけで過ごしていたのか」
じじいは何とか成果物を出させようとしている。
時代に合わない頭を振り絞っているのだろう。
何かを残せたら。
じじいはそう言っていた。
だが僕にそんな残したものはない。
「ただ聴いていただけか?」
「いいや、インターネットで実況しながら」
「じ……きょ……?」
じじいは言葉に詰まっていた。
若者言葉がわからないらしい。
とはいえ、僕も若者という年ではない。
「要するに、リアルタイムでお互い反応し合いながら楽しむってわけよ。わいわいがやがやってね」
「楽しかったか?」
「まあ、それなりには」
じじいは納得するように笑った。
「だったらよかったじゃないか。それだけ張り付いていたら、きょうのことは忘れないだろう。それだけでお前の引出しになる。何かの時に、きょうの出来事を棚から出して話すことが出来る」
確かにじじいが言うようにボケるまで忘れないとは思った。
こんなことはあまりない。
そして引出についてもわからないでもなかった。
少なくとも、何かの時にきょうの三昧の話をインターネットのどこかで発言することはあるだろう。
「それだけで、お前のきょうに意味があったのだ」
自己啓発の一文のような話を聞いて妙に納得してしまった僕は、まだこのじじいに勝つことはできないなと思った。
作中のじじいが言っているように、何か残そうと思ってとりあえず作りました。