第5話 猫のみるくと泥棒猫2
「委員長って誰よ」
「それより、さっきの質問の答えだけど」
「誰にゃ」
「美來は体育祭実行委員に入らな──────」
「──────誰なのよ」
「グハッ!!」
今日も今日とて荒れ狂う、103号室。委員長と話し合って美來を体育祭実行委員に誘うと決めた放課後、俺は美來に早速、猫パンチを食らっていた。
俺は委員長に言われた体育祭実行委員について美來に話そうとしていたのだが、何故か委員長について問い詰められていた。
どうやら、今日のやり取りの最中、美來はずっとこっちを見ていたらしい。
「誰って委員長だよ」
「名前は?」
「早苗雪美。まぁ、俺は委員長って呼んでるけどな。てか、いつまでその近所のお姉ちゃん設定続けてるんだよ。学校では誤魔化す為に言ったけど、家にいる時までやらなくてもいいんだぞ」
あの時は俺が必死になって考えた言い訳だ。その設定はクラスの中では未だ健在だが、それも時が経つにつれて忘れるだろう。
「わ、私はただ、気になったから聞いただけよ。実聡の心配なんてしてないわ」
「あー、はいはい、そうですか」
「全く酷い言い掛りよ」
そう言って美來は「フン」とそっぽを向いてしまった。
俺はふと数日前の事を思い出す。ハマコーと俺が仲良くしてるのを見て必死になって問い詰めてたのはなんだったんだろうか。俺が他の人と仲良くしてるとこを初めて見たから戸惑ったのか。それは幾らなんでも過保護過ぎないか。てか、俺ってそんなに危なっかしいのか。気をつけないとな。
「それでその体育委員なんだけど、私も誘われてるの?」
俺が色々と考えていると美來は振り返って俺を見つめていた。前のハマコーみたいになるだけだから、結局、本題に切り替えたみたいだ。
「あぁ、正直に言うけど、委員長はお前と仲良くしたいみたいだ」
「私と?」
「あぁ、そうだ。俺は正直、お前が友達と仲良くなるには良いチャンスだと思うんだがな」
「ふーん」
美來は相変わらず不機嫌で返事も素っ気ない感じだった。
「委員長は良い人だぞ。俺にだって優しいし」
「うん」
「それにみんなからの信頼も厚いしな。だから、学級委員長になってる訳だし」
「……」
「俺はやってみても悪い事は無いと思うぞ」
俺がそう言うと美來は黙ってしまった。
正直、猫から人間になった美來にとっては友達を作るというのは凄く厳しいことだと思う。俺自身もまだ美來が人になって慣れていない。こうやって、美來と話すのだって最近になってやっと気を許してくれたくらいだ。
でも、いつまでもそうしては居られないだろう。美來と仲良くしたい奴はクラスにも沢山いるだろし、何よりこの人間の世界に慣れていって欲しい。そうなってくると友達作りと言うのは避けては通れないと思う。
「俺は美來には早く、友達を作って欲しいと思ってる。難しいかもしれないけど、それが人の世界に慣れるには一番早いと思うから」
「……」
相変わらず、美來は黙ったままだった。でも、これは美來にとって大切な事だ。俺はそう思って話すのを辞めなかった。
「多分、その友達になる機会を委員長が分かりやすく伝えてくれてるだと思う。だから、今回は一緒に──────」
「──────やらない」
「なんでだよ。お前にとって良いチャンスだぞ」
美來は無言で気難しい顔つきで首を振った。
「私は別に友達なんか欲しくない」
「でも、俺は……」
「それは実聡の勝手、そうでしょ。私は別にそんなの頼んでない」
美來はキッパリとそう言いきった。
確かに美來に言わせればそう思うかもしれない。けど、作ってみたら変わる事もあるだろう。美來には知って欲しい。人と話す楽しさだったり、人と関わることの楽しさを。そしてそこから生まれる思い出も。
「俺は俺以外とも仲良くして欲しいと思ってる」
「っ……」
美來は少し驚いたように目を開いてた。
俺は少し厳しいことを言ってしまったと焦った。けど、言わなければ始まらないと思う。
「うん」
美來はそう言ってゆっくりと頷いた。俺はそれを見て少し安心した。これで美來も学校でも心配なく過ごして行けると思う。
「そうか、なら……」
「私は別に人の友達が欲しくて人になった訳じゃないの」
俺はその言葉を聞いて耳を疑った。
「欲しくないって、でも、クラスの人もみんな友達に成りたがってただろ。美來は直ぐに色んな人と仲良く成れると思うんだ」
「いい。私は1人で理解していく。この人の世界も。だから、実聡が何かしなくても良いよ」
「でも……。それじゃあ」
「実聡には感謝してるの。何も分からない私に色々教えてくれた。私はそれで満足してるの。だから、これからは私は自分の力で学んでいきたい」
そう言って美來は目を瞑る。美來の声は少し震えていたが優しかった。
「だから、私はその体育祭実行委員には入らないわ」
俺はそう真剣な眼差しで美來に言われて何も言い返す言葉が見つからなかった。