第3話 猫のみるくと散歩!!
「いい天気だなぁ……」
「……」
「空も蒼いし、空気も澄んでて堪らない」
「……」
「いやぁ、休日の朝は散歩に限るな。なぁ、美來?」
「えっと……、何で朝から私は歩かされてるの?」
何をって散歩は日課だ。今日で一旦学校が終わって今日は土日休みになっている。俺は朝6時くらいに美來を起こした。そして、こうして河川敷まで朝の散歩に出てきている。
「まぁ、美來は猫だった時の方がまだ長いんだから、外の世界はそんなに良く知らないだろ?だから、散歩がてら案内してみようかと」
「はぁ、それって後付けの理由にしか聞こえないのだけど……」
あれ、バレちゃった。まぁ、そういう事だ。俺が好きな事はぼーっとする事。そして、寝る事。以上だ。
辺りを見渡すと少し霧が掛かっていて空気が少し肌寒かった。5月とはいえ朝方は冷えている。とても静かでランニングに勤しむ人達がぽつぽつといるくらいで余り人気を感じなかった。
「そーいや、美來は何で人間になったんだ?」
俺は歩きながらふとそんな質問をした。初めてミルクが人間になった時も聞いたがその時はなんだか有耶無耶にされたまま終わってしまったからだ。
「なんでって言われてもね……」
美來は眉間に皺を寄せながら唸る。俺はその様子を見ていると、猫だった時を思い出す。確か美來に初めて会ったのはこの河川敷でその時も子猫ながらにして険しい顔をしていた。でも、人間になった今だから分かるのは美來はとても美人だってことだ。つい先日の転校初日のみんなの反応を見たら一目瞭然だ。
確かに俺もそれを疑わない。高い鼻筋に、整った眉毛。それに引けを取らないほどのきめ細かくて透明感のある白い肌。全てが整っていてまるで絵に書いたような美人だ。
「ねぇ……」
そこについ先月買った白のワンピースが合わさってとても……。
「とても、可愛い……。ん?どうした?」
「いいきなりっ、何言ってのよ……。かか、かわぃ……、にゃんてぇ……。ムムム……」
俺が聞き返すと美來は突然後ろを向いて呟き始めた。
俺は改めて猫から人間になった理由を聞くことにした。前もこんな感じに誤魔化されて、結局聞けなかったんだ。今回こそは聞かないと。
「それで美來。猫になった理由はなんだったんだ?」
俺がそう呼び掛けると美來は急いで振り返った。そして、顔を振って何かを振り払おうとすると、美來は「えへん」と一息付いて指を1本立てて言った。
「えぇ、それはね。私に目的があったからよ」
「目的?」
「そう、目的」
「目的が?」
「そう、目的がよ」
いや、俺が聞きたいのはその目的なんだが。質問にはアンサーで答えないとな。
俺はもう一度美來にアタックしてみる。
「いや、だから、目的があるんだろ。その目的はなんだよ」
「そんなの秘密に決まってるじゃない」
「秘密なのかよ……」
俺、ずっと美來を見て来ているはずなのに秘密とか言われるとちょっと悲しいぞ。俺が知ってるのは美來が撫でられると嬉しい所だけかぁ……。
結局、その後も俺は猫になった理由を聞き出そうとしたが、美來の鉄壁に破れ、秘密は1つも分からなかった。
*
暫く、歩いていると少し大きな神社に着いた。この神社は街中にあるのだが、河川敷からもそんなには遠くない。俺は敢えてこの神社が折り返し地点に来るようにウォーキングコースを設定している。
「おぉ、デカいなぁ。美來はここに来るのは初めてだろ?」
「……」
美來に話しかけてみたが、美來はぼーっと神社を眺めていて俺の方など見向きもして無かった。
俺より神社に興味があるのかな?
「美來?」
「にゃ、にゃに!?」
「いや、どうしたのかなって。そんなに珍しかったか?」
「えっと……、そうね!!そう、私、こういう所に来たかったのよ」
「なんだ、そうだったのか。これからもっと連れてきてやるよ」
「う、うん」
猫ながら、中々分かってるじゃないか。これからの散歩が楽しみで仕方ないな。
「それじゃあ、お参りするか」
「うん」
俺はそう言って、直ぐに鳥居で止まる。すると、すぐ後ろをついて来た美來が俺の背中にぶつかった。
「にゃー!?何でいきなり止まるのよっ!!お参りするんじゃなかったの?」
「まず作法ってのがあるんだ。覚えてとけよ」
俺がキメ顔でそう言うと美來は引きつった顔で「う、うん」と言っていた。
俺は自分の傷ついたメンタルを押し殺して、作法に則って一礼をする。それを真似て、美來も鳥居の前で一礼をした。そして道の左端を歩きながら、御手洗等を済ませると本殿に着いた。
「相変わらずデカいし、オーラを感じるな」
「そうね、何か分からないけど凄いわね」
美來も頷いて辺りを見渡している。本殿の横には隣の建物と繋がっている渡り廊下がある。本殿の中にも大きな太鼓や高そうな襖。全てが非現実的な空間を作り出していた。
「この小さな石のつぶは何でこんなに敷き詰められてるのかしら」
「あぁ、それは砂利って言うんだが、色んな説があるんだ。この砂利には玉砂利って名前がついてて色んな意味が込められてたり後は足元を清めるって意味もあるらしい」
「へぇ、神社に詳しいのね」
「まぁな、好きだからな」
「ちょっと、ジジくさいけど」
「グホッ!!」
それは偏見にも程があるぞ……。ハマコーに言われるよりもダメージがデカいな。
「えっーと取り敢えずお賽銭か」
俺は財布を開けて小銭を漁り始めた。こういう時の為に俺は五円を貯めて置いてる。俺は美來に五円を渡すと早速会釈をして賽銭を投げた。美來も戸惑いながらも、俺の見様見真似で会釈していた。
「それで二礼二拍してお願い事をして、最後に一礼するんだ」
「わ、分かったわ」
「……?」
「なんだ?さっきからおかしいぞ」
「いや、何でもないわ……」
「そーなのか?」
俺は改めて美來をみる。その顔は少し不安そうにも見えた。だから、俺はこう言ってやる。
「まぁ、お前が何でも抱えちゃう癖があるのかも」
「そんな事無いわよ……」
「ならそんな辛気臭い顔するなよ。この間も言っただろ。お前がして欲しいことはなんでも言えって。お前が悩んでるなら、まぁ、こう、暇だからいつでも聞いてやるよ」
「……」
「まぁ、言いたくなければ、神様に言って願えば──────」
「私が人になったのはここの神社のお陰なの」
「っ……!!」
「何で私なんかを人にしたかは分からない。けど、こうしてやりたい事をやれてるのは感謝したいの」
そう言って、また美來は俯いた。猫だった彼女が訳も分からず人にされたと聞いて俺は驚いた。この神社は元は藤原家が祀られた神社だ。ご利益も縁談から商売繁盛など、広い範囲のご利益があるらしい。
でも、人に帰るなんて逸話なんて無いし、そんなご利益なんてあるとは思えない。ただの神様の悪戯だ。
でも、美來はそれに感謝してる。それなら、やる事は1つしか思い浮かば無かった。
「じゃあ、神様に感謝してますと伝えればいいんじゃないか?何も悩む必要は無いさ。そうだろ?」
「う、うん……」
「取り敢えず、賽銭投げようか」
俺と美來は賽銭箱の前まで行くと賽銭箱に向かって5円を投げた。さよなら、俺の財産……。
「それじゃあ、さっき教えた通りにな」
「うん……」
俺は実際神様ってものが本当に居るとは思ってない。けど、こうして作法に乗っ取ってひとつの事をするのは自分の心が落ち着いたり、目標を再確認出来る気がする。そういう意味ではこの趣味は理にかなってるのかもしれない。
俺は作法に則ってしっかりと願い事をした。毎回の事だから手馴れているのか、美來よりも早く終えた。
「ほんと、かんしゃしてます……」
俺がふと横を見ると美來は目を瞑りながら小さな声で呟いていた。
「美來……」
「なによ……、今しっかりお願いしてたんだけど……」
「別に口で言わなくても、心の中で願えば大丈夫だぞ」
「……っ!!はやく言いなさいよっ!!」
俺は少しの強めの猫パンチを食らった。
*
「それで神様に感謝は出来たのか?」
「一応……」
帰り道。俺と美來は神社を出てから暫く無言で歩いていた。家まであと少しという所で俺が我慢出来ず、こうして話しかけていた。
美來は神社を出てから余り元気が無かった。それは美來なりに考えてる事があるのだろう。それを掘り返すつもりはないし、何より俺が解決出来るって訳でも無いだろう。
「伝えたい事は伝えられたか?」
「うん、ある程度は」
「そーか」
やっぱり、美來の返事は素っ気なかった。
「美來」
「ん……?」
美來は顔を上げて俺を見る。その顔にいつもの気迫は無くて、でも、俺はそんなの関係無しに頭の上に手を置く。美來の背は俺より低くて撫でやすい位置にある。
「ちょっと……、いきなり何するのよ……」
「人間になれて楽しいか?」
俺は美來の頭を撫でながら言った。辞めろと言わないのは嫌がっては居ないからだろう。
美來は少し悩んで口を開いた。
「まだ、分からない……。不安だらけよ。私が人として振る舞えてるのかも、それが正しいのかも」
「まぁ、そこまで言えれば俺は十分、人としてやれてると思うぞ」
「そうかしら……」
「そうだよ。まぁ、美來は考え過ぎだと思うぞ。俺だってそこまで考えて生きてないからな」
「そうなの?」
「そうだよ。寧ろ、美來の方が人間らしいぞ、そしたら」
「何それ。実聡って、変よね」
「よく言われるよ。言われ過ぎて耳が取れそうだ」
「ふふふ」
「元気になったなら何よりだ」
美來は俺の手の下でクスクスと笑っている。
俺が手を離すと少し物惜しそうに不機嫌な顔をした。やっぱり撫でられるの好きなのね。
「喉乾いたか?牛乳飲みたくないか?」
「うん。飲む」
「そーか、やっぱりお前は変わらないな」
「……?」
「なんでもないよ」
美來は猫の時から牛乳が好きだった。だから、今でも好きなのは変わらないのだと思う。そう思うと俺にとって美來もミルクも同じ存在でいつまでも変わらないのが少し嬉しいとも思った。