07 逆転の一手
俺が次に見つけたのは、ふたり組の『オーワンファイブセヴン』だった。
相手がふたりとなると苦戦が予想されたが、ルーコは勇敢に立ち向かっていく。
しかしオッサンふたりはかなりの手練れで、息の合った剣技のコンビネーションでルーコを追いつめていった。
ルーコは致命傷こそ受けなかったものの、何度も斬られてキズだらけになっていく。
「ルーコっ! いま助太刀するのだっ!」
チコが錫杖を振り回して向かっていったものの、軽く叩かれただけで吹っ飛ばされてしまう。
こうなったら、俺がオッサンの中に入り込んで、憑依のスキルで内部破裂させてやろうとした。
しかし、手でシッと扇がれただけで、
……スポォォォーーーーーーーーンッ!
「あ~れぇ~~~~~~~~~~っ!?!?」
風に煽られたタンポポの綿毛みたいに、空にすっ飛んでしまった。
俺は落下傘のようにフワフワと漂って落ちる。
眼下では、武器を弾き飛ばされ、壁際にぺたんと座り込んでいるルーコとチコの姿が。
「こ……これ以上、罪を重ねるのは、やめるのであります! 大人しく、お縄につくであります!」
「こっちに来るななのだ! あっち行けなのだ!」
オッサンたちは聞く耳を持たず、追いつめた少女たちにじりじりと近寄っていた。
「へへへ……どっちもこのまま殺すのは惜しい上玉だなぁ」
「せっかくだから、殺す前にたっぷり楽しんでやるとするか」
「そうだなぁ、ここは人気のない場所だから、いくら騒がれても、助けに来るヤツはいないだろ」
汚い魔の手が伸びてきて、少女たちは青ざめながら抱き合う。
俺は早く降りろと空中でもがきながら、必死に思考を巡らせていた。
憑依は警戒されて通用しない。
助けを呼びに行くという手もあるが、衛兵が駆けつける前に彼女たちは殺されてしまうかもしれない。
だから俺がなんとかするしかないんだが……。
彼女たちを救う手は、なにかないのかっ!?
おいルールル! 俺に攻撃スキルとかないのかよ!?
『あることはありますが、いまのカウルさんは未習得です。これも、人体への攻撃を怠ったツケですね』
なんだそりゃ!? じゃあどうしようもないってのかよ!?
『はい。どうしようもないですね。あきらめて、自分だけお逃げになってはいかがですか?』
そんなことできるかよっ!
だってルーコとチコは、俺のソウルメイトなんだ!
俺は今まで一度だって、ソウルメイトを見捨てたことはない!
だからみんなから信用されて、『カーストウォーカー』になれたんだ!
『ああ、それは信用されていたのではなくて、利用されていたんですよ。クラスの方たちは、カウルさんのそういう所がウザかったようです』
ま……マジで!?
いや、今はショックを受けてる場合じゃない!
ルーコとチコを助ける手を考えないと!
『まだわからないのですか? ルーコさんもチコさんも、カウルさんを利用しているだけなんですよ。前世ならいざ知らず、ウイルスになっても利用され続けるだなんて、カウルさんは本当に哀れですね』
利用されてるかどうかなんて、どうでもいい!
必要とされているなら、俺は全力を尽くしてそれに応えたいんだ!
こうなったら……やぶれかぶれだっ!
『赤ちゃんハムスターのカウルさんがやぶれかぶれで突っ込んでいっても、この状況は変えられませんよ。言うならば、蜘蛛の巣に向かってすすんで落ちていくアリンコのようなものです。いま空中で方向転換すれば、あの蝶たちは食べられてしまいますが、アリンコであるカウルさんは助かるんです。もういい加減、へんな正義感を振りかざすのは止めにしたらどうですか?』
ルールルはなぜか苛立った口調だった。
でも俺はそんなことよりも、彼女の一言で天啓を受けていた。
蜘蛛の巣……!?
よぉし、いちかばちかだっ!
俺がオッサンの頭上近くまで降りてきたところで、ルーコとチコは俺の存在に気付く。
ふたりは、声をかぎりに叫んでいた。
「カウル君っ!? 来てはだめであります! 自分が殺されても、代わりはいくらでもいるであります! でもカウル君には代わりはいないのであります!」
「そうなのだっ、カウル! そなたがやられてしまったら、この国は『オーワンファイブセヴン』の暴挙を止められなくなるのだっ! そなたは、この国の希望なのだっ!
しかし俺は逃げなかった。
俺がキーマンだと知ったオッサンたちは、少女たちから視線を離し、ギロリと俺を睨みあげる。
「愚鈍な衛兵どもは、俺たちが壁を壊すまで気付かなかったっていうのに、急にバレるようになったのは、そういうことだったのか!」
「なら、女どもはあとだ! まずはテメーから始末してやるっ! 降りてきやがれ!」
言われなくとも降りていってやるさ!
そして、お前らにブチかましてやるさ!
コイツをなっ!
「に……逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「し……死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ふたつの絹を裂くような悲鳴と、ふたつの野太い怒声が交錯する。
そして俺は、火の玉のように全身の毛を逆立てて、裂帛の気合いを放っていた。
「血栓ィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」
……しゅばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
俺の口から、ドラゴンのブレスのような白いモノが迸る。
それは放射状に爆散し、天上からの豪雨となって降り注ぐ。
周囲は無数の糸で覆い尽され、さながら歌舞伎のクライマックスのよう。
悪役であるオッサンふたりは、すでに真っ白になっていた。
「なっ!? なんだこりゃっ!? 糸っ!?」
「うわっ!? くっついて離れねぇっ!? うわああっ!?」
オッサンたちは糸を引きちぎろうと暴れたが、暴れれば暴れるほど絡め取られ……。
とうとうふたりまとめて簀巻きのようになってしまう。
少女たちは、ポカーンとしていた。
「あ、あれは……もしかして、血栓……?」
「血栓をあんな風にして使うだなんて、初めて見たのだ……!」
俺は逆転の一手として、MPをカラにする勢いで、『血栓』のスキルを放ってみた。
うまくいくかは完全に賭けだったが、まさかここまで見事にキマるとは……!
俺はすっかりハイになって、オッサンたちの頭の上でポンポン跳ねまわっていた。
「どうだっ! 俺だって、やる時はやるんだっ! いやっほーっ! まいったか!」