05 人体の僧侶
俺は計らずとも、『Oー157』のオッサンを殺してレベルアップした。
HPとMP、そしてVPは10ずつ増え、新しいスキルが増えている。
『増殖』というスキルだ。
『増殖は、ウイルスであるカウルさんが数を増やすためのスキルです。そもそも、ウイルスというのは……』
ルールルの説明によると、ウイルスというのは自分自身だけでは増殖できないらしい。
人体にある細胞に取り憑き、細胞に備わった増殖機能を間借りして、自分を増やすそうだ。
『細胞』といっても、今の俺からすると、見た目は完全に人間。
街行く人たちや、衛兵のお姉さん(本当は白血球)は、すべて『細胞』なんだそうだ。
そんな人たちに寄生して増えるだなんて、ウイルスっていうのは、まるでエイリアンみたいだな。
ちなみにではあるが、『Oー157』のオッサンはウイルスじゃなくて『細菌』。
『細菌』は、細胞分裂で倍々に増えていくそうだ。
それで、肝心の『増殖』スキルはというと……。
「いったい、何事でありますかっ!」
いきなり大きな声を掛けられたので、俺はありもしない心臓が口から飛び出しそうになってしまう。
振り返ると、さっき俺に疑いの目を向けた衛兵のお姉さんが立っていた。
それで俺は、自分のしたことを思い出す。
フワフワと浮いている俺の眼下には、オッサンの破片が散らばっていた。
そう表現するとグロテスクだが、オッサンの身体は積木を壊したみたいにバラバラになっている。
例えるなら、海外のカートゥーンアニメの悪役のような、滑稽なやられっぷり。
このままほ組み立てれば、くっついて元通りになりそうな雰囲気さえある。
しかしいずれにせよ、俺がオッサンに危害を加えてしまったことには変わりはない。
これは、もしかしたらマズいかも……!?
と思っていたら、衛兵のお姉さんは、散らばっているオッサンを見るなり顔色を変えた。
「こ、この男は……!? いま指名手配中の、『オーワンファイブセヴン』!? われわれ衛兵団が、ずっと追っていた凶悪犯グループのひとりであります! これは、キミがやったのでありますか!?」
「え、ええ、まぁ……」
「彼らは隠れていて、ぜんぜん目立たないのであります! それを見つけるどころか、倒してしまうだなんて……! キミは小さくてかわいいのに、すごいのであります! 尊敬するのであります!」
怒られるのかと思ったけど、お姉さんはキラキラした目で俺を褒めたたえてくれた。
よく考えたらオッサンは病原性の大腸菌だったんだ。
身体の平和を守る白血球からすると、俺はいいことをしたことになるのか。
お姉さんは俺をさんざんモフモフしたあと、兜に付いていた角をポコッと取り外す。
どうやらそれは角笛のようで、吹いて合図を送っていた。
仲間でも呼んでいるのかな?
そしてしばらくしてやって来たのは、身長1メートルくらいの小さな女の子。
彼女は僧侶っぽいいでたちで、錫杖を持ち黄色い法衣を着ていた。
しかし丈はぜんぜん合っておらず、錫杖は自分の身長よりも高いし、法衣はズルズルと裾を引きずっている。
彼女は衛兵のお姉さんに促され、壁の穴の前に立つと、
「あと少しで穴が空いて危なかったのだ。さっそく治すのだ」
うむ、と頷いていた。
この子は顔は幼いのに、口調や態度は妙にマセてるなぁ、なんて感想を抱いていると、ルールルが教えてくれた。
『彼女は「血小板」といって、人体の出血を抑える役割をする細胞です。細胞としては小さめなので、この世界で言うところの、ホビット族の見た目にしてあります』
ホビット族!?
ロールプレイングゲームでは、エルフ、ドワーフと並ぶくらいの有名キャラじゃないか!
やっぱり俺の転生した世界は、ゲームみたいな異世界だったのかぁ……!
ホビット族の女の子は、壁の穴に向かって、おもむろに手をかざした。
そして、
「血栓!」
と叫ぶと、もみじみたいな手のひらから、
……パッ!
と網のようなものが飛び出して、壁の穴を覆った。
『あれは血栓といって、網で塞いで修復するスキルです』
へぇぇ、網で壁を直すだなんて、本当に僧侶の魔法みたいだ!
俺は立て続けに現れたファンタジー要素にすっかり興奮。
網を張り終えた女の子は、これでもう大丈夫だとばかりに、うむ、と頷く。
彼女はそのあと、なぜか俺のほうを向いた。
「そなたは何者なのだ? ここに来たときから、ずっと気になっていたのだ。見たことのない、不思議な生き物なのだ」
幼い眉間にシワを寄せ、いぶかしげな表情を浮かべている。
相手は子供同然なのだが、法衣を着ているせいか、俺は若干緊張してしまう。
すかさず、お姉さんがフォローしてくれた。
「チコ、彼は怪しい者ではないのであります! 『オーワンファイブセヴン』を見つけてやっつけてくれた、すごい生き物なのであります!」
「ど、どうも……カウルっていいます」
「うむ、カウルよ、もっとチコのそばに来るのだ」
チコと呼ばれ、自らのこともチコと呼ぶ少女。
ちっちゃな手を、俺に向かってこいこいと動かす。
招かれるがままにフワフワ近づいていくと、その手に捕まった。
「うむ、見た目どおり、とってもいい触りごこちなのだ」
なんだかよくわからないが、細胞や細菌たちは……いや、この国の人間たちは、やたらと俺をモフモフしたがるようだ。
やさしく触ってくれるのであれば、こっちも気持ちいいので、別にいいんだけど……。
ふと、ステータスウインドウが開いた。
名前 なし
LV 2
HP 20
MP 20
VP 10
スキル
潜伏
吸収
憑依
看破
増殖
NEW! 血栓
どうやらチコに触ったことで、吸収のスキルが発動し、血小板のスキルをゲットしたみたいだ。