04 レベルアップ
人気のない裏路地で、赤いシルエットが蠢いていた。
なにをやっているんだろうと思い、俺はふよふよと近づいてみる。
すると、山賊みたいなナリのオッサンが壁にはりついていて、ノミと金槌のようなもので、壁を削っていた。
「あの~。なにをやってるんすか?」
と俺が声をかけると、オッサンは「うわあっ!?」と飛び上がった。
オッサンは振り返って俺を見るなり、また「うわあっ!?」と驚く。
まるでオバケにでも出くわしたかのような、信じられない表情だった。
「なっ……なんだおめえは!? なんで俺が見えるんだ!? 衛兵に見つからないようにコッソリとやってたのに……!」
「コッソリ? いや、ふつうに見えてましたけど……?」
『この人はカウルさんとはまた違った潜伏スキルを発動して、衛兵の目を欺いていたようです。でも看破までは誤魔化せなかったみたいですね』
いっしょにいたルールルが教えてくれたので、俺はオッサンの驚いた理由に納得する。
看破で見たときは赤かったし、衛兵にコッソリということは、何か悪いことをしてたんだろう。
でも、俺はオッサンをとがめたりはしない。
不良が校舎裏でタバコを吸っているところに出くわしても、先生にチクったりしないのと同じように。
だいいち、こんな強そうなオッサンを怒らせたら、タンポポみたいな俺はひと捻りだろう。
俺は持ち前の話術を駆使して、オッサンに探りを入れる。
「あ、そんなに驚かないでください。別に衛兵に告げ口したりはしないんで。なんだか面白そうなことをやってたんで、つい見に来ちゃいました」
オッサンは険しい顔で、俺をじーっと見つめていたのだが……。
なぜかいきなり、頬を赤らめた。
「なんだかお前、フワフワしててかわいいな」
か……かわいい!? この俺がっ!?
そんなこと言われたの、子供の頃の七五三以来だよ!?
でもよく考えたら、今の俺は人間じゃなくて、ウイルスだったんだ。
ちっちゃくて、フワフワモコモコの……。
オッサンは、いかめしい顔をすっかりゆるめている。
まるで猫好きの大工の棟梁が、仕事中に子猫を見つけたみたいに。
俺はなんだかくすぐったいものを感じたが、これ幸いとばかりにオッサンの懐に入り込む。
「俺はカウルっていいます。オジサンは?」
「お前、カウルっていうのか。いい名前だな。オジサンはなぁ、『オーワンファイブセヴン』っていうんだ」
「かっこいい名前っすね。で、なにをしてたんっすか?」
「うーん、俺を見つけたヤツは普通は生かしておかないんだが、お前はかわいいから特別に教えてやろう。この壁を破壊して、街のヤツらをちょいとばかし困らせてやろうと思ってるんだ。危ないから、離れてろよ」
オッサンはニカッと笑って、また壁を崩す作業に戻った。
なんだ、ちょっとしたイタズラか、と思っていたら、
『この壁は腸壁です。彼は病原性の大腸菌なので、本能にしたがって腸壁を壊そうとしているんですよ』
病原性っ!?
ってことは人体にとっちゃ、完全に悪者じゃないか!
『今更なにをおっしゃっているんですか。だから看破で赤くなったんですよ』
そこでふと、俺の中にある考えがよぎった。
このオッサンは、『オーワンファイブセヴン』って名乗ってたけど……。
もしかして、『Oー157』っ!?
するとルールルは、おや、と意外そうな声をあげた。
『「Oー157」をご存じでしたか。そうですよ、彼に腸壁を破壊されると、食中毒を起こします。腸壁から水分が吸収されなくなって下痢になったり、腸壁が出血して血便が出るようになります。それでもまだマシな症状で、本当に怖いのは……』
って、そんな呑気に講釈を垂れてる場合じゃないだろう!
こうしてる間にも、オッサンはどんどん壁を壊してるから、早くなんとかしないと!
どうすればコイツをやっつけられるんだ!?
するとルールルは、さも不思議そうな声をあげた。
『なぜ彼をやっつけようとするんですか? ウイルスであるカウルさんは、人体に害をなすという意味では、この人の仲間でしょう?』
そうかも知んないけど、俺は元人間だったんだ!
食中毒にもなったことがあるから、その苦しさはよく知ってる!
この人体が、誰なのか……。
この『国』が誰のものか知らないけど、苦しむのをわかってて放っておくわけにはいかないだろ!
『カウルさんのその思考、わたくしにはぜんぜん理解できません。でも、この人の悪事を止めたいのであれば、「憑依」してみたらどうですか?』
憑依? そういえば、前もそんなことを言ってたな。
たしか細胞に取り憑くスキルだったっけ?
『はい。本来は、先ほどの衛兵などの、細胞に取り憑くためのスキルです。でもカウルさんは一風変わったウイルスのようですので、その気になれば、細菌にも取り憑くことができるでしょう』
一風変わった、って……。
でも取り憑けば、このオッサンの悪事を止めることができるんだな!? どうやればいいんだ!?
『それは簡単です。取り憑きたい対象の身体に突っ込めばいいのです』
……よおしっ!
俺は猛然とオッサンに飛びかかっていく。
オッサンに突っ込むなんて気が進まないが、しょうがないっ!
俺がモフモフモフモフっ! とオッサンに体当たりすると、
「お、おいおい、いまは仕事中なんだ、遊ぶなら後で……ちょ、くすぐったいって! あはっ! あはははっ!」
まるでペットにじゃれつかれたみたいに破顔する。
大きさからいって、俺は赤ちゃんハムスターくらいのサイズしかないので、傍から見ていると本当にペットと遊んでいるようにしか見えないだろう。
やがて、俺の身体はじょじょに、むくつけき肉体の中に埋まり込んでいって……。
オッサンは急変した。
「うぐっ……? うぐぐぐっ……!? うわぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
……パァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
絶叫の後、膨らんで弾け飛んでしまったオッサン。
俺は、巨大風船の罰ゲームを食らった芸人のごとく呆然として、オッサンの破片が舞う中にいた。
い……いったい、なにが起ったっていうんだ……?
『簡単にいうと、大腸菌に取り憑いて、力を奪ったのです。スキルをコピーするだけの吸収と違い、ご覧の通り、力を奪われた対象は死滅します』
って……オッサン死んじゃったの!?
『でもそのおかげで、レベルアップしたみたいですよ』
名前 なし
LV 1 ⇒ 2
HP 10 ⇒ 20
MP 10 ⇒ 20
VP 0 ⇒ 10
スキル
潜伏
吸収
憑依
看破
NEW! 増殖