03 紅之蘭 著 逢瀬 『ガリア戦記 02』
【あらすじ】
出世に出遅れたローマ共和国キャリア官僚カエサルは、人妻にモテるということ以外さして取り柄がなかった。おまけに派手好きで家は破産寸前。だがそんな彼も四十を超えたところで転機を迎え、イベリア半島西部にある属州総督に抜擢された。そして……。
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「カエサル軍団の初陣」
第2話 逢瀬
斥候に出ていた騎兵隊長が幕舎に入ってきて報告した。
「総督閣下、ルシタニア族長が和睦を申し出ております」
「奴らは戦意をなくしたのか?」
ローマ軍団兵士は、砦のパーツを持って一日二十キロを移動する。そして敵領奥深くにまで侵攻したところで、プレハブ式にパーツを組み立て、ドンと〝一夜城〟を出没させるのだ。だいたいの敵はこれで肝を潰す。
ルシタニアの族長は、カエサルに跪くと反乱を起こしたことに詫びを入れ、ローマ側が提示した賠償額を飲んだ。その額というのは、族長が予想したよりも遥かに少ない額で、彼は小躍りして帰って行った。
「閣下、かかった軍費だけを請求したのですね?」
「そうだ。私は奴らを搾り取るよりも懐柔したほうが良いと判断した」
紀元前六十年、イベリア半島西部ルシタニアだ。そこの原住民であるケルト系のルシタニア人は、後からやってきたカルタゴと誼を通じ傭兵を供給していた。総督バルカ家と誼を結んだ。紀元前二〇一年、第三代総督ハンニバルが、第二次ポエニ戦争に敗れると、イベリア半島の大部分を占めるカルタゴ領はローマの支配するところとなった。これ以降、ルシタニア領は、ローマにじわじわ押されていくことになる。
転機が訪れたのは二十年前のことだ。ローマ共和国で軍閥によるクーデターが起こり、ヒスパニア総督クインゥス・セルトリウスが共和国正統政府を称し、本国と対立した。その際、セルトリウスはルシタニア族ほか、イベリア半島の各氏族を手名付けた。ルシタニア族はセルトリウスの強力な支持基盤の一つとなり、本国と戦っていた。セルトリウス政権の前半はローマをゲリラ戦で破っていたが、だがローマ本国は消耗戦を仕掛け、続々とヒスパニアに軍団を送り込み、セルトリウス軍を追い込んだ。そして十年前、セルトリウスは部下の手にかかって死んだ。
しかし実際のところは、前年にイベリア半島ヒスパニア・ウルステリオル属州総督となったカエサルが莫大な富を得た。
――我、セルトリウスの後継者とならん――
「ローマ本国で脇役を演ずるよりも、ここヒスパニアで主役となるのを望む」
カエサルは、ヒスパニア・ウルステリオル属州から上がる収益に加えて、ルシタニアから上がる収益が定期的に入ってくるようになった。
ルシタニア族長が朝貢に訪れたとき、一門の娘を連れてきて、愛妾として献じようとしたのだが、童女趣味のないカエサルは断った。
「ではわが妻を献じましょう」
カエサルの一人娘のユリアは二十二歳で、ポンペイオス執政官の後妻になっていた。ルシタニア族長が献じようとした一門の娘は十歳そこらというところだろう。ノッポな中年総督は、愛娘ではなく、一門に連なるとある士族の娘の面影と彼女とを重ねた。
…
同年、カエサルはローマに凱旋し民衆の歓待を受けた。
パレードのあと、大神官官邸で祝宴が催されたとき、娘のユリアが幼子の手を引いてやってきた。
「おめでとうございます、大叔父様!」
カエサルの姪カエソニアが、ガイウス・オクタウィウスという士族の妻になっていた。軍人であるオクタウィウスは、妻と一緒に任地を転々としていたのだが、赴任先で娘のオクタウィアを得た。今年八歳になる。カエサルの凱旋を知ると、一門の出世頭であるカエサルを祝うために、休暇をもらって屋敷に駆けつけて来たのだ。この夫妻はやがて男子トゥリヌスを得る。トゥリヌスはやがてカエサルの養子となりローマ帝国初代皇帝に即位した。オクタビアヌス帝だ。彼の同母姉であるオクタウィアは帝姉となり子孫は皇族に列せられることになる。
カエサルはオクタウィアを抱っこして、客たちに、
「いつかこの子を養女に貰い受ける予定だ」
と言って回った。そのため一介の騎士の娘に過ぎない童女は、カエサルの家の宴席で、すっかり注目の的となった。
――カエサルは、この子をどこに嫁がせるのか?――
…
同年、民衆に絶大な支持を得るカエサルは選挙で執政官に当選。そこで軍人たちを支持基盤とするポンペイウス、騎士階級を支持基盤とする富豪クラススと手を組んで三頭政治を開始し、彼らを敵視する元老院に対抗するようになった。
つづく
【登場人物】
カエサル……後にローマの独裁官となる男。民衆に支持される。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。
ユリア……カエサルの愛娘。ポンペイウスの妻。




