02 柳橋美湖 著 逢瀬 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていたのだが、実は祖父一郎がいた。手紙を書くと、祖父の顧問弁護士・瀬名が夜行列車で迎えにきた。そうして北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町は不思議な世界で、さまざまなイベントがある。
……最初、お爺様は怖く思えたのだけれども、実は孫娘デレ。そして大人の魅力をもつ弁護士の瀬名、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩の二人から好意を寄せられる。さらには、魔界の貴紳・白鳥まで花婿に立候補してきた。
季節は巡り、クロエは、お爺様の取引先である画廊のマダムに気に入られ、そこの秘書になった。その後、クロエは、マダムと、北ノ町へ行く夜行列車の中で、少女が死神に連れ去れて行くのを目撃。神隠しの少女と知る。そして、異世界行きの列車に乗って、少女救出作戦を始めた。
異世界では、列車、鉄道連絡船、また列車と乗り継ぎ、ついに竜骨の町へとたどり着く。一行は、少女の正体が母・ミドリで、死神の正体が祖父一郎であることを知る。その世界は、ダイヤモンド形をした巨大な浮遊体トロイに制御されていた。そのトロイを制御するものこそ女神である。第一の女神は祖母である紅子、第二の女神は母ミドリ、そして第三の女神となるべくクロエが〝試練〟に受けて立つ。
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「隠し部屋」
63 逢瀬
この世界の女神たらんことの資質を量るため、浮遊迷宮トロイを探訪している私たちパーティーは、全十三階層あるうちの第三階層から第四階層の階段を上りました。けど……
◇
ドンと私の肩をかすめて、後ろの壁に手をやったのは従兄の浩さんでした。
(えっ、このタイミングで告白するんですか?)
私の顔はほてってくる。
彼の顔が近づいてくる。
(いやっ、ダメ……)実はまんざらでもないのですけど、一応。
心臓が高鳴っている。浩さんはどんな言葉をかけてくるのでしょう。
(ここが肝心、心の準備よ、心の準備)
けれど浩さんは、右手のひらの上にある何かを左手親指の爪でピンと弾きました。それからおもむろにジャケット懐中からハンカチを取り出して手をふき出します。
「クロエ、君の後ろの壁に虫がいた……」
これが本当の〝肩すかし〟
「蚊ですか?」
「いや、サソリだ」
浩さんが潰したサソリの本体は壁にへばりついていました。
キャア!
◇
私と浩さんの二人はトラップにかかり、この隠し部屋に落ちました。
他のパーティー・メンバーである瀬名さんと白鳥さん、それにマダム……、さらに審判三人娘である金の鯉さん、銀の鯉さん、未必の鯉さんは、私たちの先を歩いていたのに、落とし穴には落ちなかったのです。浩さんいわくトラップは、重みで蓋が落ちるのではなく、六、七人目に通りかかったメンバーが落とされる仕掛けなのだろうとのことです。
トラップが仕掛けられていたのは、第四階層にある四つのコーナーのうち、第二コーナーと第三コーナーの間にありました。
浮遊ダンジョントロイの迷路はイミテーションの空や遠景が投影されており、太陽に近い明るさの照明が備えられています。しかしこの隠し部屋は真っ暗。なので先ほど浩さんは、よく壁のサソリを潰せたものだなあと感心してしまいました。浩さんによると、節足動物特有の微かな音で察して潰したのだとか。さすがはピアニストだけのことはあります。
さて、
私は、懐中電灯代わりに四大妖精の火蜥蜴サラマンダーさんを召喚し、先導してもらうことにしました。
◇
出口は……。
天井を見上げると落とし穴の蓋は閉じてしまいました。バネ式なのかな? 私たちを落とした後、蓋は再び閉じたようです。
恐らく上の迷路では他の皆さんが、トラップに落とされた私たちを探していることでしょう。
「クロエ、もしかしたら、〝抜け穴〟があるかもしれないな」
浩さんがそう言うので、私はサラマンダーさんに続いて、風の妖精シルフィーさんを召喚して探らせます。
「やっぱりそうだ」
隠し部屋は切石で囲まれた空間です。
シルフィーさんは、浩さんがサソリを潰した石壁の反対側をすり抜けていくので、見ていた浩さんが、その石壁に蹴りを入れると少し動きました。そこからは私も手伝って、二人で石を奥に押し込んでやりました。すると浩さんが予想したように、狭い〝抜け穴〟がありました。
シルフィーさんを追ってサラマンダーさんが入っていきます。
「じゃあ、俺たちも行こうか」
通路は螺旋階段になっていて、なんと出口は、第一階層で戻っちゃっていました。
あのトラップって、とことん意地悪な仕掛け。
「第四階層にいるみんなが焦っていることだろう、急いで合流しよう」
そういうわけで浩さんと私の二人は、再トライする羽目になったというわけです。第一から第三階層は、先にクリアしているので、浩さんとお喋りをする余裕がありました。第三階層の階段を上るとき、浩さんが言います。
「なあ、クロエ、旅もそろそろ大詰めだと思うんだ。そろそろ決めないか?」
「決めるって?」
「意地が悪い。瀬名さん、白鳥さん、そして僕……君に気のある三人から、付き合う奴を選べってことさ」
――来た!――
どうしよう。
◇
それでは皆様、また。
by Kuroe
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化する。なお、母ミドリは、異世界で若返り、神隠しの少女として転生し、死神お爺様と一緒に、クロエたちを異世界にいざなった。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は故・紅子。異世界の勇者にして死神でもある。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住みクロエに好意を寄せる。式神のような、電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。クロエに好意を寄せる。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。
●審判三人娘/金の鯉、銀の鯉、未必の鯉の三姉妹で、浮遊ダンジョンの各階層の審判員たち。